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評者◆稲賀繁美
アンドレ・マルロー『綱と鼠』を巡って――「空想の美術館」は極東からの知恵をいかに咀嚼・反芻したか
No.3437 ・ 2020年02月29日




■フランスの作家かつ文化人政治家として著名だったアンドレ・マルローは「辺獄の回想」と題する自叙伝を残している。その第2巻には『綱と鼠』という不思議な題名がついている。その由来はこんな話だ。と或る偉大な画家が、どうした咎か、皇帝より吊るし首の刑を宣告される。画家は一本足で体を支え、辛うじて窒息死を免れる。自由になるのは、もう一本の足の親指だけ。その足指で画家は鼠を描く。その鼠たちが柱に登り、画家を縛めていた綱を食いちぎる。画家は皇帝に屈服せず、鼠たちを率いて宮廷を立ち去った──。
 どこかで似た話を読んだ記憶があろう。ほかならぬ雪舟の幼少期の逸話だ。和尚から悪戯を咎められ、寺の廊下の柱に緊縛された小僧は、涙を墨に、足の指を筆に鼠を描く。小僧が鼠に足を噛じられる姿に驚いた和尚は、慌てて綱を解く。この一件で特異な画才を認められた小僧は、長ずるにおよび大陸に渡り、明の朝廷で認められる巨匠へと雄飛する。
 マルローは自叙伝冒頭の逸話をどこから入手したか黙して語らない。推測するにこれは親友だった小松清仕込みの話題が、マルローの脳裏で発酵し、変容を遂げた結果ではなかったか。雪舟の逸話は菊池寛や島崎藤村らが編集した子供向けの評伝全集などで、人口に膾炙した。マルローの盟友であり、「行動主義」の昌道者として名を残す小松清自身も、1920年代のフランス滞在期には、画家として身を立てようと志した人物。他方マルローは、パブロ・ピカソとの親交も篤く、晩年にはピカソとの交友を軸にした『黒曜石の頭』を遺す。
 類似した逸話だが、両者が伝えようとする教訓は背馳する。マルローにとって藝術家の生涯は、降りかかった運命に抗う投企、神から火を奪うプロメテウス的な挑戦であり、藝術作品は独自の生命を得て自律する。対するに雪舟の逸話は、あくまでも住職による小僧救済の物語であり、中国の朝廷という外部権威によって認知された人物を寿ぐ。その結構は辺境文化圏ならではの、他者の規範への隷属性を露呈している――仮にそれが、大日本帝国の大陸雄飛を正当化しようとする政治的野望、時代的要請を下敷きにしていたにせよ。
 マルローが半生を費やして彫琢した「空想の美術館」musee imaginaire。それはこの東西の交差や振幅のあわいに成長を遂げた。西欧近代の設定した「美術」という殿堂によって古代オリエントの神像やギリシアの神々、仏像さらにはアフリカの呪物は「変容」metamorphoseを遂げ、死後の生命を得る。それは植民地帝国・西欧による簒奪ではなく、反対にそれら「美術」へと変貌を遂げた品々によって西欧世界が憑依された証拠でもある。アフリカや極東の霊espritsに触れて、西欧の精神espritも「悪魔払い」を体験した。それがピカソの《アヴィニョンの女たち》ではなかったか。この死と再生の呪術儀礼からは、あらたな「内的実相」realite interieureが発芽する。その源が、隆信筆とされる《平重盛》像であり、文人最後の日本探訪のおりに開眼した那智の滝の「引き裂き線」brisureだった。
 上海のゼネストを背景とした小説『人間の条件』で、キヨの自裁に人間の尊厳を認めたマルローは、追っては三島由紀夫の切腹に震撼する。その三島の遺作『豊饒の海』四部作を貫くのが、輪廻転生の問い。「神道」は「生」を逃れる術を知り、仏教は輪廻の輪を超えた涅槃を求め、共に存在の「本質」へと「融合」communionする。『東西美術論』の著者は晩年の臨死体験を経て、自らの「内的実相」を「絞首の綱」と「描かれた鼠」に託した。

*国際シンポジウム「アンドレ・マルロー再考:その領域横断的思考の今日的意義」上智大学・日仏会館、2019年12月7‐8日での発表から。お招き頂いた主宰者に謝意を表する。







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