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評者◆睡蓮みどり
他者との出会い、紙の本を通して見えてきたこれからのものづくり――広瀬奈々子監督インタビュー映画『つつんで、ひらいて』
No.3428 ・ 2019年12月21日




■「アジアの未来へ」がテーマの第20回東京フィルメックスで、前年度に引き続きスペシャル・メンションを受賞。是枝裕和監督の監督助手などを経て、今年、柳楽優弥さん主演の劇映画『夜明け』でデビューしたばかり。ドキュメンタリー映画『つつんで、ひらいて』は劇映画より前にクランクインし、約3年という期間を撮影に費やしたという。今、注目される監督の一人である広瀬奈々子監督に最新作についてお話をうかがった。
 「自分が知らないものと出会ったり、新しい世界を発見したり、他者と触れ合うことにおいてはフィクションもドキュメンタリーも一緒だと思うんです。目の前にある、自然体であるものを切り取る。ただ一人の人間を撮り続けるには覚悟も必要だし、その人への影響もすごく大きい。ずっと関係を築いていけるくらいの人でないとカメラを向けられません」
 本作ではこれまで、数多くの文学作品の装幀を手がけてきた菊地信義さんの日常、そしてなぜ彼が自らを装幀家ではなく「装幀者」と呼び、70
歳を超える現在まで現役でこなしてきたか、その源を追っている。
 「私の父も装幀家だったのですが、実家の本棚にあった菊地さんの著作『装幀談義』(筑摩書房)を読んだら、それが面白かったんです。自ら「装幀者」として職人、裏方であろうとする菊地さんの姿勢が素敵だと思いました」
 90年代からは装幀もデジタルでの作業が主流となった。その中でも菊地さんはパソコンでの作業を選ばず、今も手作業で作り続けている。
 「私は映画のフィルムに触ったことも撮ったこともなくて、完全にデジタル世代です。だから最初は菊地さんが違うベクトルの人だと思っていました。でも、今はそうではないのだと思います。たまたまその時代に菊地さんがいただけで、もし今デビューしていたら、パソコンを使って別の形の菊地信義が生まれていた。確実に手仕事が終わる時代にはなってきているけど、これからの出版や文学に対しても菊地さんは後ろ向きではありません。手法ではないんだろうな、と。フィルムだから、デジタルだからということで作品の質が変わるわけではない、デジタルでもフィジカルな表現へ向かえるのだと最近は思うようになりました」
 また、広瀬監督が菊地さんを近くで見つめることで、紙の本に対する思いはどのように変わったのだろうか。
 「もちろんデジタルでも同じ情報を読み取って読書はできると思うけど、言葉を受け取る幅が違います。装幀には紙の本でないと気づかない仕掛けがたくさんあって、触感があり、匂いがしたり、ページをめくりながら五感で味わい、考える、まさに“体験”です。映画では菊地さんを追うという目的がまず根底にあって、そこから紙の本のためにという気持ちが芽生えていきました」
 読書ファンが多いであろう本紙の読者の中には、紙の本に対する愛着が人ごとでは済ませられない方も多いかもしれない。私もいざ部屋のものを断捨離しようとしても、本だけは捨てられないどころか、気づくといつのまにか増えていることがあり、紙の本に魅せられている一人だ。劇中における菊地さんの仕事ぶりは、非常に緻密でありながら、直観力も同時に働いている姿に度々驚かされる。
 「菊地さんが手作業でやっている時によくおっしゃるのは「原寸大だから」ということなんです。パソコンだと拡大したり縮小したりできるけど、本を立体物として同じ大きさのところに鉛筆で書き込んだり、消しゴムのカスが散らばったりして、そこから新たな発想が生まれる。物と接することで生まれる偶然が起こる。そういうところが面白さを感じているんじゃないかと思いました。とにかく楽しそうなんですよね。そこに惹かれながら、撮っていました」
 そう語る広瀬監督の静かな瞳の奥にも、ふつふつと喜びの光が宿っている。
 「人によっては装幀のことを「洋服」とか装飾的な表現をする人もいますが、菊地さんは自分でも「身体の一部」だとおっしゃいます。帯も、カバーも、見返しも、本体も含めて身体。物と接するということと同時に、フィジカルな意識があるんですよね。どこか「愛しい彼女の肌」と擬人化していたり(笑)」
 劇中でも愛おしそうに出来上がった紙に頬を寄せる菊地さんの姿は印象的だ。
 「物と接することは、一人の他者と接することと等価に感じているのかもしれません。直接、著者と触れ合うことはないけど、本を通して、紙を通して交流する。本との出会いはまさに他者との出会いだと感じました」
 広瀬監督の言葉を受けて、本作に描かれる菊地さんの他者との距離感、リスペクト精神、同時に対等に存在することの心地良さと思いやりを改めて考えさせられた。また、広瀬監督は劇中、「受注仕事における創造性とは何か」という問いを菊地さんに投げかける。誰でも表現者を名乗ることが簡単になったこの時代において、敢えて「創造性」を問おうとしたその真意とは何なのだろうか。
 「同じ熱量でこれだけたくさんの本を生み出し続けられるモチベーションや理由を知りたかったんです。そこで逆に悩まない理由は何なのだ、と。もちろん表現者であることには変わりないのですが、芸術家、作家というニュアンスと同じようにほとんどの人が装幀家と名乗る中で、あえて「装幀者」と言い、自らを「空っぽ」だと言う。映画作りも全て監督が作るもの、自己表現と思われがちですが、私の中でそこに対する疑いもありました。ものづくりという行為を根本的に問いかけてみたかったのかもしれません。菊地さんから返ってきた「人は誰でも関係性の中で生きている」という言葉。これから一生携えていくだろうな、と。これだけの数の仕事をこなしながら、既成概念を壊し、さらにまだ現役でい続けられるというのは、達成感がないって言われるとそうだろうなというか、そうでなきゃ続けられないだろうなって、逆に納得しました」
 最後に、広瀬監督にこれからの時代における映画と自らの関わり方についてうかがうと、次のような答えが返ってきた。菊地さんの言葉が広瀬監督に響いたように、私は彼女の言葉にとても惹きつけられたのだった。
 「より、光があたらないものに光をあてる。自分にはない考えをどう映画に入れていくのか。自己表現とか自己投影ではなくて、理解できないものを理解しようとしていくことってすごく大切だと思っています。日本の映画の見方は、共感に重きを置かれがちですが、違和感を持つことや、相反する立場から考え直すことってすごく大切で、映画の中で全くの他者と出会って他者を想像するような作品が作れたらと思います。映画作りもそう。人から何かをもらって表現する方が世界が広がるし、そういうものづくりの仕方をしたいと思っていたので、菊地さんと出会えたのはすごく良いきっかけになったと思います」
 映画の中では監督自身は多くは語らない。紙の本へのまなざしは、広がりゆく人間関係とその距離感を見つめている。そしてまた手元にある書物に対する思い入れも少し変わってくるかもしれない。この映画に何が映し出されているのかを、ぜひ観て感じて欲しい。
(女優・文筆家)







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