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評者◆中村隆之
「去る」こととは、〈私〉を産む行為なのだ――過酷な現実への皮肉り方が、本書のすぐれた魅力
大西洋の海草のように
ファトゥ・ディオム著、飛幡祐規訳
No.3426 ・ 2019年12月07日




■フランスは文化的アフリカをもはや無視できない。植民地化を被った旧フランス領アフリカ諸地域のみならず旧宗主国のフランスもまた文化変容を遂げてゆくからだ。カリブ海地域で発展した「トランスカルチュレーション」(オルティス)や「クレオール化」(ブラスウェイト/グリッサン)、すなわち接触を通じた両文化の相互変容や混淆の思想は、今日のフランス社会の文化的動態の説明にふさわしい。この観点からすれば、カリブ海のクレオール作家の活躍後、アフリカ出身の作家たちが21世紀のフランス語圏文学で大きな存在感を示すのは必然的だったと言えないだろうか。そして、アフリカの存在感を最初に強く示した作品は、ファトゥ・ディオムの長編小説『大西洋の海草のように』(原著2003刊)だったように思える。
 ディオムはセネガルのニオディオル島の漁村に1968年に生まれた。私生児だという理由で祖父母のもと、村社会から除け者にされて育った彼女は、13歳で島の外に出た。首都ダカールで大学に進学、フランス人と結婚して94年、相手の故郷ストラスブールに住み始めるが2年後に離婚。ストラスブール大学で研究を続けながら家政婦やベビーシッターをおこない、短編集『国民優先』(2001、未訳)で作家デビューを果たす。本書『大西洋の海草のように』はディオムの初の長編小説で、大きな商業的成功を収めるとともに、EU諸言語を中心に世界中の言語に翻訳された。
 本書が広範な読者を得た理由は、フランスをはじめとするEU諸国で「社会問題」と認識されていた移民現象を主題としたことに、まずは求められるだろう。主人公のサリはファトゥ・ディオムの等身大の分身であり、作家本人のように、ニオディオル島の外に出てフランスに渡り、ストラスブールでよそ者として生きていくことを選んだ。本書はそうした女性の視点から語られる。
 サリにはマーディケという弟がいる。ニオディオルの若者の楽しみといえばサッカーであり、フランスの有名クラブで活躍するセネガル人の同胞に憧れ、自分たちもやがてフランスに渡って成功を収めることを夢見ている。マーディケもそんな1人だ。漁村ではサッカーの放映を満足に見ることが難しいため、自分の好きなチームの試合があるときには姉のサリに連絡し、姉に試合を見てもらい、その結果を教えてもらう。弟から電話があるとすぐにサリは電話をかけ直すのだが、セネガルにかけるさいの国際電話の料金が異様に高いことなど、本書には西アフリカからのフランスへの移住者であれば誰しもが共感しうるような挿話に溢れている。
 マーディケは島の若者のフランスへの無限の憧憬を体現した存在だ。島の外に出たことがないばかりか、実際にもフランスに移住した同胞がお金を稼いで島に定期的に戻ってくる以上、島の若者にとってフランスは夢の国だ。パリのバルベス地区で暮らす男は故郷に帰るとこんなことを吹聴する。
 「おお、あちらの暮らしね! そりゃもう、贅沢三昧さ! あちらでは本当に、みんなすごい金持ちなんだ。みんな夫婦と子どもたちだけで、電気と水道完備の豪華なアパルトマンに住んでいる。四世代が同居する俺たちとはちがうんだ」
 「貧乏人はいない。なぜって、仕事のない人間にも国家が給料を払うからだ。その給料は、組み入れ最低所得(RMI)って呼ばれている。1日じゅうテレビの前であくびをしていても、俺たちの国でいちばん稼ぐエンジニアの収入をもらえるんだぞ!」
 バルベス帰りの男は向こうでわずかなお金を貯めるために極貧を耐えていることを一切語らない。
 「移民」をめぐる挿話のなかでも、ムーサという青年の話は痛切だ。フランスからのスカウトマンにサッカー選手としての成功を約束され、かの地に渡るものの、人種差別に遭いながらその才能を開花させることができず、借金を背負わされた揚げ句、セネガルに強制送還され、村の除け者になって失意のうちに自殺を遂げてしまうのである。
 他方で、ニオディオル島の生活はどうだろうか。人々は貧しいながらも幸せに暮らしているのだろうか。
 サリの目にはそう映らない。村の伝統と慣習は、女性にとって生きづらい。なるべく良い家に嫁ぐこと、未来の働き手となるたくさんの子(とくに男の子)を作り、料理を作ること――女性が村で期待される役割はこれらに集約される。村の除け者だったサリは、こうした役割を拒み、外に出た。
 セネガルにおいてもフランスにおいてもよそ者であるという強烈な自覚があるからこそ、サリは両社会を批判することができる。サリの語りは、感情の起伏を生き生きと伝える。なかでも突出した感情は怒りであるが、彼女は怒るとき、それをストレートには表現しない。そうではなく、いつでもブラック・ユーモアで示すのだ。たとえばマーディケにこんな風に諭す場面。
 「移民の統合政策についていえば、サッカーのナショナルチームが最大の成功例よ。『黒人、白人、マグレバン[北アフリカ出身のアラブ系]、みんな同じ仲間』は世界の窓に掲げられたスローガンにすぎないわ。ベネトンの悪趣味な広告と同じで、わざとらしいレシピなのよ。『牛肉、蒸し煮、バターつき』と言っているのと同じ。[…]外国人はそれぞれの分野でいちばん優れている場合にのみ、受け入れられて愛されて、仲間だと誇ってもらえるのよ」
 過酷な現実への皮肉り方が、本書のすぐれた魅力であり、だからこそ多くの人々の手に届いたと考えられる。最後にサリは言う。「去る」こととは、〈私〉を産む行為なのだ、と。よそ者として生きる根源的孤独の自覚が、ディオムの場合、書くことの動因になっており、だからこそ彼女はフランスとセネガルのあいだの境界にみずからを定位したところから書く。
 それは色の好みにも現れている。本書で各国の国旗の色よりも薄紫色が好きなのは、「アフリカの熱い赤と、冷たいヨーロッパの青が混じり合った穏和な色」だからだとサリは述べる。
 ストラスブールのクレベール書店で彼女の新作小説『サンゴマールの霊』(未訳)を手にした。表紙は薄紫色。ファトゥ・ディオムの色であり、フランスにおける文化的アフリカを表す重要な色だとも言える。(フランス文学)







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