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評者◆凪一木
その25 あの男はいったい何なのだ
No.3426 ・ 2019年12月07日




■私はかつて、野球に関する著書も何冊か記しているので、その手の話題には少々のファンと相対しても知識的に強い。という「つもり」でいた。だが、最古透は、どこで得た知識なのか、(のちに同じ現場にいた野球ファンの男の話そのままをただ喋っていたことが分かるのだが)まんまと、そのハッタリに騙された。
 ベースボールクラシックが開催された。このときもう、日本のエースとしか言いようのない巨人の菅野が登場する。最古透は、「誰よ、これ。こんなピッチャーいたんだ」という。また後にメジャーリーグ入りする選手も投げるのだが、「なんだこのピッチャー、うちのあいつと同じ名字じゃないか」と。そのうちに笑ってしまうのは、以下、この話を書いても信用されないだろうが、PL学園から、巨人と西武に入団してともに二〇年以上の現役プロ生活で国民的知名度であった桑田真澄と清原和博を取り違えて話していた。私と最古とは同学年であるのだが、普通に野球を横目に見てきた人間がいたとして、この認識は、単にスポーツ音痴とかいう問題ではないのではないか。
 最古が野球をやらないのかというと、小学校のときにやっていた。もちろん最古自身の話である。ただ集団スポーツは苦手ということが分かり、その後はテニス、スキー、ゴルフ、スキューバダイビング、サーフィン、ボウリング、パラグライダーなど数えきれないスポーツを一年ずつ行い、空手においては師範として、皆の前で模範を示していたとも語っている。
 元の職業も多種多彩だ。私には本田技研に勤務と話していたが、他の人間には、カリスマではないが理容師、写真屋さん、営業、自動車のディーラーなど、かなり食い違う。声優も目指していたという。
 ある日、『コードブルー』というテレビドラマの話を私にしてきた。二〇〇八年から始まった連続医療ドラマで、私も夢中になって見ていた。ちょうど第三シリーズが始まる前の週であった。最古は、主演の一人、戸田恵梨香の大ファンだと言い、携帯電話に収集している戸田の一〇〇枚以上の写真を見せてくる。翌週第三シリーズが始まった。私は当然見ていた。最古に話題を振った。「今週から『コードブルー』いよいよ始まったね」「それ何でしたっけ」「いや、戸田恵梨香の出るテレビドラマで……」「ああ、ハイハイハイ。はっはっは」。最古は、何の話をしているのかさっぱり分からなかったのである。携帯の中の写真をもう一度見せてくれ、と言ったら、「あれ、どこだったかなあ」と、辿ることができない。野球のとき以上に変だ、と私は思った。嘘つきはいると言えばいるが、そういう問題なのだろうか。知ったかぶりという程度も超えている。
 写真も相当に詳しいはずだったが、雑誌『アサヒカメラ』を持ってきた写真好きの同僚が話をしだすと、笑顔で無言を通した。
 音楽の話もかなりしていた。アマチュアバンドのベースを演っていた同僚がいて話題に合わせていた。耳を傾けていると、かなりの通に聞こえた。数年が過ぎて、私がU2のコンサートチケット抽選で外れた話をする。最古はU2を知らなかった。七〇年代の時点でビートルズを知らないようなものではないか。最古は、スポーツや映画を見て、「感動」をしたことがない。それは当人も認めている。「そういったニヒリズムというか、冷淡な人間はいるだろう」と解釈する人もいるだろう。身近で知る私には、そういう類の解釈は全くズレているとしか思えない。
 五〇〇万円の現金を持ってきて、副所長に深夜、防災センター内で見せた最古透。「そんな奴がいたって不思議ではない」という。私に八〇〇万円超の預金通帳を見せた。そんな奴もいるだろう。屋上で足に怪我をした。相当に痛いはずなのだが、笑いながら、血も流しながら仕事を続けた。
 現実に人数がいないのに、気に入らない人物を外した予定表を作り、自分がその人物の分まで二倍出勤する計画(規程違反で断念)を立て頓挫。セブンイレブンで、くじを二回引くチャンスをもらうと、箱の中に手を入れて、ありったけのくじを取り出し、当たりくじだけを二枚取り出して、「ハイ、当たり」と商品を貰う。弁当を買い、一四膳もの割り箸を持ってくる。「店員さんがくれた」と言っていたが、そうだとしてなぜ貰ってくるのか。「皆で分けて食べて下さい」とくれた全部で三〇個ほど入っているお菓子を、一つ、二つとそれぞれ六人で頂いていたが、最後の一〇個ほどになって、全部自分で机の上に持っていき、食べ始めた男。そんな人間も確かにいると言えばいる。
 そのうち私は、サイコパス関係の本を読み始めた。おそらく世に出ている類書を全部に近い数、読んだ。三〇冊程度だ。マーサ・スタウト(訳・木村博江)の『良心をもたない人たち』(草思社文庫)とM・スコット・ペック(訳・森英明)の『平気でうそをつく人たち――虚偽と邪悪の心理学』(草思社文庫)が、初めに読むには適当だろう。各書を読んでいくと重なることが多い。また、専門医が存在するとは言い切れない面があることも分かってくる。つまりはサンプルの絶対数が少なすぎる。多くは既に犯罪に至ってしまった刑務所の中の特殊な例の中から分析したものを基に分類がなされてきた。本来、日常生活に潜んで、大いに迷惑をかけて、逮捕もされずに暴れ回っている中心的な層と言える者の方が危険対象だと私は考える。サイコパスよりも、むしろ別名を与えた方が、その被害を食い止めるのに懸命なのか、そういう分類の者への対処法をこそ研究してほしいというのが、私のような身近に接する人間の期待であり、願いである。
 ロバート・D・ヘアの「サイコパシー・チェックリスト(二〇項目)」と、アメリカ精神医学会発行『DSM―5 精神疾患の分類と診断の手引』にある「反社会性パーソナリティ障害」の診断基準が、現在のところ、目安として参考になる。精神科医でもない者がこれを基準としていたずらに使用してはいけないと、どの本にも書いてはいるが、いくつか本を読んでいると、複合的に、チェックリストとは別の全体像が浮かび上がる。身近に存在し、喫緊の恐怖を覚えている者なら、そのイメージを独自に見出しているはずだ。それはむしろ、カテゴライズされない、場合によっては、精神科医の普遍的な説明をむしろ必要としない症例でさえある。導入部としては、この程度しか書けない。
(建築物管理)







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