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評者◆凪一木
その24 サイコパスはどこにいるのか。
No.3425 ・ 2019年11月30日




■私は本来「良い人」と言うのが苦手だ。それが「善き人」となるとさらに厳しい。だから、ちょっと屈折したところのある人(中途半端な悪人)の方を信用して生きてきたところがある。
 胡散臭さや嫌味が、後者の方は初めから漂っていて、この社会の中で分が悪いにもかかわらず、しかし何とか生きてきている。中途半端な悪人ゆえの「良さ」や「善さ」を奥深いところで持っているからと推測する。その点で、サイコパスは私にとって、始まりの時点ではかなり興味深く、ついつい他の人間が距離を置くような危険が感じられる場面が多数あっても、近づいて、信用さえしてきた。
 だが、どんなに奥深く掘り込んでいこうとも、さらなる胡散臭さと嫌味が絡み合って襲いかかってくる。いつまでたっても、「良さ」や「善さ」が現れない。今や、これほどにヤバい奴は、そうそういないことも、それゆえにより実感させられている。率直に言うと、「邪悪だ」としか言いようがないのだ。
 人間を邪悪だなどと言うこと自体、人間というものを信用していない、とか馬鹿にした意見だと言われるだろう。ならば、どうすればいい。まずは話を聞いてくれよ。ということで書き始めたのが、この連載でもある。

 これから本題に入ろうとするその前段階で、単なる前振りの言葉尻を掴まえて、それをもとに批判する反動推進を説教する人間がいる。反動屋は、自らの「悪」とする、「ダメな例の典型」とするカテゴリーに入れて、私の(その先に始まる)本題を聞くこともなく、持論を展開する。
 その程度の話ならこちらは既に了解済みで、私自身の論もまた、その理屈上ではそちら側(悪とはされない側)に入る部類の論であって、批判の対象にはならないことも、まま分かっている。そしてそんな分かり切った話を聞くのも苦痛である。
 私に対して「思い込みは良くない」というその話自体が、思い込みの塊でしかない。しかしサイコパスの話をするときには、必ずやこの壁が立ちはだかるのである。「サイコパス」という語を口にした途端に、彼らの反撃が始まる。理由はいくつか考えられる。
 宗教アレルギーや共産党アレルギー。或いは超常現象アレルギー。
 ビートルズを不良の音楽として嫌った人たちも、『イージーライダー』で、ジャック・ニコルソンを撃ち殺した田舎町の爺さんも、KKK(川口のバスじゃない)も、正義の棒を振りかざしてやってくる。
 アレルギーの対象をあらかじめバカにする。既に判定の決まったものと断定する、自身の仲間内の世界のマジョリティーがあり、相手の意見の持つ可能性に恐怖がある。
 サイコパスについて語りだす者もまた、ビートルズやヒッピーや黒人と同じように、「サイコパスを語るやばい奴」に見えるのか。
 「レッテル張りは良くない」という、むしろそういうレッテルを張ってきて、決めつけ、こちらの可能性や期待や不安領域に関しての意見を述べる時間も余地すら与えない。
 いったい目の前の最古透はいったい何なのだ。サイコパスについて話を始めると、どんなにリベラルで、話の分かる人間であっても、急に頑なな人間へと変貌する。
 曰く「素人が専門領域の用語を使うな」。曰く「レッテル貼りは差別にダイレクトにつながる危険性を孕んでいる」。曰く「レイシズムやヘイトスピーチ、“あの親爺キモイ”と言うバカな女子高生の持つ浅薄さとなんら変わらない」などなどだ。
 たとえば、隣のサイコパス、いやサイコパスでなくともいいのだが、隣の妙な存在について、「スポーツや映画に感動しない人間はいるのか」という話を始めると、「そんな人間はどこにでもあるパーセントいる」という。五六年の人生で、平均的な五六歳の関わる人間の数を相当に上回るだけ人間と接し交わり、また見てきていると自惚れてもいるのだが、経験値だけから言っても、目の前にいるこの最古透と同じく「共感しない」人間を私は見たことがない。
 かなりの信頼できる知り合いに、しかも多数に、最古透のことを話してきた。皆が皆、見たことがないと言う。それは単に個性の話ではなく、危険性の話である。それ以外に友だちになりたいとか言った興味は私にはまるでないからだ。彼のような存在をこの目で認められるのは、サイコパスの本に登場するいくつかの例だけである。
 「そんな奴はどこにでもいる」と、そう発言する人に対して、「じゃあ、その人をここに連れてきてみろ」と言うと、多分思い浮かばないはずだ。実際にはそんな人はいないからだ。「そんな人はいるだろう」と言った、その人にとっての「そんな人」は、実はいないわけなのだ。いたとするなら、サイコパスの話はスムーズに運ぶはずだからだ。
 いじめや虐待を訴えても、教育委員会、教師、児童相談所などが、まともに相手をしてくれない場合がある。サイコパスの話も、口にした途端に、タブーが登場したごとく、本気で語り合うことを止めてしまう人間が多い。
 娘を強姦し続けた父親を、「被害者が抵抗不能な状態だったと認定することはできない」として無罪判決(二〇一九年三月)を下した裁判官もいた。一面の真理だけを振りかざして、全体を無視するのは最古透の常套手段だ。操られている現場は、「その先」を話し合う仕組みがない。掃除も終了後すぐにまた掃除をすればゴミが出てくる。だが、「綺麗になる」という理屈だけを言えば、何度も掃除をさせられることになる。点検もまた同じで、場所によっては日に何度も無駄に点検をする「馬鹿現場」がある。
 人権問題を振りかざして、「慎重に扱うべきだ」「専門家以外は手を出すべきではない」と言う。では、どこに専門家がいるのか。
 目の前にいるサイコパスであろうと、もどきであろうと、この男のもたらす災厄に対して、今ここで、退職したり、休んだりしている非常事態の中で、いたずらに助言をされても、被害は進むばかりだ。
 対処法を考える上で、サイコパスの可能性についての分析は必要なのだ。最も身近に材料を持っているのは、遠くの親戚でも、診ることには至らない医師でも、どこかの専門家でもなく、今、毎日相対している我々でしかない。反動主張をされても、我々にとっては、ありがたくはない。そんな中、新入社員が遂に最古透に楯ついた。
 突破口なのか。パンドラの箱なのか。サイコパスの生態については、次週記す。
(建築物管理)







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