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評者◆凪一木
その19 一〇連休考
No.3420 ・ 2019年10月26日




■『毎日が夏休み』という映画があった。九四年の公開当時、私は事実上毎日が夏休みであり、日曜日であった。二〇一九年の黄金週間を含む期間、日本では、一〇連休が掲げられた。私は取るべきであると考える。徹底的に休み、休む感覚を覚えるべきである。
 私のようなビル管は一〇連休を取ることが出来ないかというと、現場が官公庁や市区役所などでは、暦通りの休みであるゆえ一〇連休である。
 また、大手の会社もまた、たとえビル管であれやはり暦通り一〇連休だ。日本は格差社会だ。休むと給料が引かれるのかというと、そうではない。ビル管は「調整手当」などという、初めからおかしな仕組みを敷いているから、各社が設けている月間基準時間の一六〇時間や一七三時間を切っても、そのまま払う。したがって一〇連休でも同じ給料だ。不公平ではないかというと、まさにそうだ。現場によって月の勤務時間がそれぞれに違って、給料は同じなのだから。
 ビル管は、ほかに、「入社した時期」によって給料の金額が違う。鮨屋の時価ネタ同様に「時価」である。なので、昇給なしの会社が多いゆえに、あとから入ってきた、仕事の出来ない、資格もない、ダメな奴でも、元々いる出来の良い奴よりは多い給料を貰い、それでいて、古株の方が恐縮したりしながら下手に出て、仕事を教えている。入社早々辞められては人数が再び足りなくなるという弱みがある。
 さて、一〇連休である。この休みは、ハッキリ言って取るべきなのである。
 一〇連休とは無縁な人たち(ビル管も含めた取れない連中)は、必ずや負け惜しみを言う。
 「休みを取ったところで、どこもいっぱいで、行くところがない」
 そのいっぱいの人たちは、つまりは休みを取って「どこも」「いっぱいに」満たしている人たちなわけである。取ることのできない私たちは、相変わらず、遅れたことを言っている。時代の波に乗り遅れるというと大袈裟だが、古いパラダイムを背負ったままだ。休むことで、何はともあれ、パラダイムチェンジが起きる。
 ためしに、文句を言いつつ、「一〇連休」をしてみればわかる。ヨーロッパの人たち、官公庁の人たち、大手の人たちがどういう気持ちでいるのかを、少しだけでも体験してみるが良い。かつて毎日が夏休み状態だった私には、わかっている。一言で言うなら、馬鹿になることから免れることが、少なくとも何割かの人間の間では起きる。
 取るべきなのだ。
 〈一〇連休あっという間。食って飲んで糞しただけ。〉
 友人がSNSで呟いていた。水槽のジオリウム制作で、一週間引きこもったようだ。それはとても大きい。それがために人生があるのだとすら言いたい。
 作家に「締切」はあっても、一つ二つの締切が嫌なら「辞めて」しまえばいい。サラリーマンはそうはいかない。一つ辞めると、全部の職を失う。だが一〇連休は、たったの一つ目の締切破りではないか。
 井上ひさしの小説『握手』で、カトリックの神父が収容所で「日曜日ぐらいは休ませてくれ」と訴え出る。キリスト教では日曜日は礼拝をする日なのだ、と。しかし「わが大日本帝国は月月火水木金金。怠け者の戯言だ」と退けられ、神父の指は木槌で打ちつけられる。
 アホラシイ。会社を休み、収容所も休み、労働も休み、勉強も休み、休息を取ることが必要なのだ。
 勤務を続けることによって、実際には回復していない身体を錯覚して、そのまま疲労を蓄積させ続けて突き進む。それが「過労死」を招く。英語辞書にも載っている「karoshi」は、その説明が「(日本において)残業や業務上の極度の疲労による死」とされ、まるで日本独自の文化のようだ。
 会社と家との往復でとても狭い人間関係で、その狭い空間と、閉じた人間関係のみで、世の中や、日本や世界を知った気になり、また判断し、良し悪しを推し測ろうとするのも、「月月火水」が生んだ弊害だ。
 散歩や貧乏旅行であれ、新しい経験をすることは、時間のかかることであり、触れることができないことが貧困であり、さまざまな貧困問題を考えるとき、連休を笑うバカは、はじめから貧困を喜んでいる。
 ホームレスの生活はきつい。死と引き換えに、わずかばかりの自由を手にしてもいる。ビル管の友だち(学友)で、元ホームレスがいた。彼は元は、九州大学を卒業し松下電器に入社したエリートであった。或る不幸をきっかけにホームレスとなる。やむにやまれずなったわけではない。失うことでホームレス化するわけだが、常識を捨て、うるさい決まりごとを蹴飛ばし、下らない人間関係に唾を引っ掛けることによっても、またホームレスとなる。その捨て、蹴飛ばし、唾を引っ掛けることの何よりも代えがたい魅力が、とにかくまず、あることはあるのだ。
 まずは休みを取れ。安く済む体験であっても、休み自体がその体験を担保する。
 ところで、加齢のせいもあるが、ちょっとしたことで急に身体の調子が悪くなる。
 私の場合、内臓が一つ無いというのも原因であろうし、二四時間勤務という生活リズムが不規則という事情もある。加えて地下の空気環境の悪い中で咽喉をやられるというビル管独特の悩み、そして共通の「職業病」もある。
 疲労が蓄積され、どこかでしっかり回復させないとプラマイゼロにならない。マイナスのまま蓄積されていく。その場合、加齢との合わせ技で死ぬ。
 昔「アラン・ドロン+アル・パシーノよりあなた」という榊原郁恵の歌があったが、「ビル管+過労+加齢=死」である。ひとつひとつ症状が出たら、持ち越しは禁物。改善させなければいけない。休め。
 軍隊システムは戦後も会社に引き継がれてきた面はある。大日本帝国の物語を侵害する思想の持ち主は虐殺されてきたし、日米安保の物語に与しないものは、それはそれで、居場所を指定されて脇役を演じさせられてきた。「虐殺も脇役も嫌だ」としたとき、どこにも属さず、やっていく方策はあるのだろうか。初めから侵害するとも与しないとも言ってはいない。
 自らが生きているこの国の制度が壊れかけているということにどう向き合うか。そのことを見つめるのが一〇連休のはずだった。
 漠然とした不安のまま、オリンピックに向かって、考える時間という唯一のチャンスを失って、突き進んでいく。
(建築物管理)







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