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評者◆睡蓮みどり
ドラッグ入りのサングリア――ギャスパー・ノエ監督『CLIMAX クライマックス』、ジュリアン・シュナーベル監督『永遠の門 ゴッホの見た未来』、ワヌリ・カヒウ監督『ラフィキ ふたりの夢』
No.3420 ・ 2019年10月26日




■「良質なドラマ」というものに飽き飽きしている。いや、今になって突然そうなったのではなく、昔からそうだったかもしれない。いい話とか感動する話だと人から言われると嫌になる。話自体が云々というよりは、単に他人から価値観を押し付けられるのが嫌だということかもしれない。映画やドラマに限った話ではない。スポーツ観戦がとりわけ苦手なのもそういうところにある。誰かと一緒に熱狂する、ということが割合堪え難い。試合と結果がある。そこから感動のドラマをつくり上げる。もちろんそれで心動かされる人がいることを否定するつもりはない。否定のしようもない。私が誰かに価値観を押し付けられるのが嫌というのと同じように、私も誰かに価値観を押しつけようなどないのだ。なんだか至極当たり前のことを言っているが、台風で閉じ込められながら考えていたのは、もうこの先真っ当に生きられないのではないかという不安だった。突飛なように聞こえるかもしれないが、史上最強の台風だと散々報道で煽られ、暴風雨の音のなか一人でじっとしていると、そんなことを考える日もある。



 ギャスパー・ノエの評価はいつも分かれる。何をつくっても「問題作」と言われ、アンチが多いのも監督も織り込み済みで、観客を挑発し続ける作家性の強い監督の一人だ。出てくる人物に高尚な人間はおらず、頭の悪い、露悪的な態度で、ドラッグとセックスの話ばかり。非常に陳腐だし、いつもちょっとダサい。しかし、なぜこんなにも魅力的なのか。私は一貫して彼の作品のファンである。初期作品『アレックス』でも逆再生、長回しワンカットでモニカ・ベルッチが暴行されるシーンを延々と描いて、観客をこれでもかと嫌な気持ちにさせた。前作『LOVE 3D』も日本での公開時はモザイクがかけられていたものの、3Dを使って大画面で射精シーンを映し出すことが話題となった。とはいえ、そういうスキャンダラスなシーンの数々は表現の一部に過ぎず、作品自体の本質的なテーマであるわけでもない(異常なまでのこだわりを見せているのは事実だが)。
 多少の二日酔いが残っていたのは事実にせよ、それにしても『CLIMAX クライマックス』を観ていて途中から気持ち悪くて仕方がなかった。吐き気、吐き気、吐き気。ドラッグ入りのサングリア。揺れ動き続ける映像に、半狂乱になっていく22人のダンサーたち。中身のない退屈な会話と閉鎖的な空間。途中から「誰が何のためにサングリアにドラッグを混入したのか」という謎解きはどうでもよくなっていく。そこから生まれてくるかもしれない「物語」は何の意味もなさないのだ。死んでいても生きていても、どっちにしても地獄しかない。
 主演のセルヴァ(ソフィア・ブテラ)を除き、21人は演技経験のないダンサーたちだというが、実にダンスシーンが素晴らしい。たとえ途中で席を立とうと、これだけでも観た方がいいと人に勧めたくなるくらいに冒頭から引き込まれていく。約二週間でつくられた低予算映画だというが、ギャスパー・ノエ自身もこの映画をつくる過程を楽しんでいたのだろう。痛みを痛みだと思わない、善悪の感覚など失われていく、つまり麻痺してトランス状態になるのは、この映画がただ外から眺めていることを許してくれないからだ。ボロボロになることは間違いないが、大画面で観る価値は十分にある。いや、観るしかない。



 フィンセント・ファン・ゴッホといえば、生前不遇の画家で知られる。ポスト印象派の一人で、『ひまわり』や不安そうな自画像、あるいは耳を切り落としたエピソードが有名だろうか。ゴッホについては黒澤明も『夢』で描いている(ゴッホを演じたのはマーティン・スコセッシ)。かなりやっかいな人物、扱いにくい芸術家という印象かもしれない。そんな芸術家の面倒な部分を面白おかしく描くのではなく、あくまでも画家その人の見えたであろう世界を忠実に描こうとしている。「僕はこの時代の追放者だと思っている」と『永遠の門 ゴッホの見た未来』のなかでウィリアム・デフォーが語った言葉が自惚れではないということは、この作品が彼自身の見た世界、つまり彼の目や感覚を解釈し、忠実に描きだそうとしていることから伝わってくる。そこに描かれている世界は不安定なゴッホ自身の精神を反映したような、歪みや恐ろしさでもあり、自然の驚異的なまでの美しさでもある。
 弟のテオ(ルパート・フレンド)の仕送りや理解はあるものの、描いた絵は売れず、コミュニケーション能力も高いとは言えない。彼が去ったことで耳を切り落とした、と言われている友人の画家ポール・ゴーギャン(オスカー・アイザック)との黄色い家での生活の終わりも追い打ちをかける。見た世界や目の前のモデルを瞬時に捉え、分厚く絵の具を重ねる。絵を描くこと以外何もできないと自身が誰よりもわかっているその辛さと孤独は、画家でもあるジュリアン・シュナーベル監督だからこそ描けた境地かもしれない。ゴッホを演じたウィリアム・デフォーの狂気に満ちた目がとにかく凄まじい。



 年若いふたりの女の子の恋愛模様を描いたワヌリ・カヒウ監督の『ラフィキ ふたりの夢』。2018年にカンヌ国際映画祭〈ある視点部門〉にケニアから初めて出品され、話題になった作品である。この作品の舞台となったケニアではまだこの作品を見ることができない。同性愛についての理解どころか、映画のなかで描く恋愛や愛情の表現、とりわけ同性同士の愛情についての価値観は、まだまだ保守的な人たちには簡単に受け入れられるものではないからだ。ケニアでは同性愛が違法とされている。ケナ(サマンサ・ムガシア)とジキ(シェイラ・ムニヴァ)は互いに政治家の娘でもあり、近所の人々からも注目されている。ふたりが惹かれあうのに時間はそうかからない。
 ポップでカラフルなファッションやメイクも見所の一つであるし、設定された人物像や取り巻く困難の環境も考えさせられるものが多い。しかし。何よりも二人がごく自然に、ただ呼吸をするように惹かれあい、恋に落ち、微笑みあう眼差しは、ストーリーのどんな綿密さをも超越する破壊力を持っていることに気づかされる。(女優・文筆家)







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