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評者◆凪一木
その16 身をやつす
No.3417 ・ 2019年10月05日




■隠すつもりはなかったのだが、書籍名等を出して、本を書いている履歴書を持っていくと、ことごとく採用されない。それで、「フリーライターをしていた」と適当にお茶を濁すと、まあ採用となる。身をやつす。これが意外に妙なつらさをもたらす。心の内を打ち明けられる仲間がいないという孤独感、孤立感、疎外感というものもある。
 かつて本を書いていたことは、別に隠し立てするようなことではない。悪いことをしているわけでもないのに、知られやしないかとビクビクするこちら側がどうかしている。
 しかし、敢えて申し立てすることもない。そしてまた、ビル管の場所でそれを表明することは、軍隊での丸山眞男になってしまう可能性がある。
 丸山眞男は、大学の助教授で三〇歳にして、陸軍二等兵として軍隊に送られる。そこで中学にも進んでいないであろう学歴の一等兵に、(東京大学卒業の)丸山が執拗にイジメ抜かれる。ぶん殴る理由は、日ごろの腹いせだ。
 別にどうってことはないのかも知れぬが、「自分は実はこういう人間なんです」ということを隠していると、何だか現在の自分が世を忍ぶ仮の姿で、偽物みたいな気持になる。作家ということは物を言う人間であり、もっと言うと、反「会社」的人物でもある。こうなると、切り札を持っているというよりも、逆に「見破られてはいけない」とか「知られたくない弱点」のように、却って恥ずべきこと、蔑視の対象のように思えてくるわけだ。
 こういう感覚は、誰しも経験があるとは思えない。なにしろ、コンプレックスとパワハラと余生の吹き溜まりの世界なわけである。バレると危ない。
 実は一部の人間に知られ、今度は執拗に同じ質問をされる。「どうやったら本が出るのか」「印税とはどういうものなのか」「食べていけるのか」。食べていけたなら、今ここにはいないだろう。
 「月光仮面」や「怪傑ハリマオ」の昔から、「ウルトラマン」や「仮面ライダー」に至るまで、周囲に正体を明かさない「正義の味方」なら、それなりの秘めたパワーを持っているゆえに、つらさもあるが、事実として強い。だが、こちらは「持っていては危ない正義」であり、秘めたパワーなどゼロである。印籠のない、助さん格さん不在の、かつ身分もない水戸黄門状態である。事件解決する力もまたゼロだ。『ルパン三世』や『蘇える金狼』のように、企業相手に、業界相手に、義賊的泥棒になってやるつもりも今のところない。とにかくそれでも、なんだか訳も分からず「隠して」生きている。「夜は場末のバーで歌う歌手、実は三億円犯人」(『悪魔のようなあいつ』)、「昼は高校教師、しかし実は原爆製造をする悪魔」(『太陽を盗んだ男』)。この二人を演じた沢田研二は、いつか近いうちにわが身が滅ぶことを知っている。そんな思い切りも私にはないのである。
 日本社会におけるヒーローの在り方は、改革者、革命者、勝利者と言っても良いが、少なからず、他国の映画を観てきたからゆえの印象でそう書くのだが、独特だ。それは、身分や素性をごまかし、隠し、表の名前と裏の本性とを使い分け、身をやつし、二重基準を駆使し、まともには戦わず、今に見ておれ馬鹿野郎という、つまり見た目とは別の「もう一つの顔」がある。それが今まさに、ここに書いている私の姿でもある。
 おそらく組織を形成するのに、抑圧される側の者までが、個としての主張を削がれ、いつの間にか協力者となってしまう構造を、日本社会自体が持っていたためであろう。
 戦後にサラリーマンが中心となる社会が誕生しても、地主と小作人というほぼ奴隷制的な階級、軍隊の支配被支配構造が、そのまま持ちこされた格好ではないか。
 その時、闘う姿勢として、自分の周りの者を仲間として巻き込むには、お上や国、会社の上の者、つまりは上司にバレてはいけない。闘うということそれ自体を秘密にしていなくてはいけない。つまり部下にとっての上司とは、刑務所から脱獄する囚人にとっての看守のような存在となるわけだ。
 表立っての反逆者は、即座に排除される。闘う前に敗れてしまう。したがって、闘う姿を隠す必要がある。それほどに、上の体制が強固というよりは、下の者それ自体に組織を優位にさせる「裏切り者」「密告者」「スト破り」とは言わないまでも「協力者」となってしまう体質がある社会だということだ。
 表現者は、困っている人を助けてやろうとか、困っている人の援助の後押しや伴走者となろうということが先にある場合は、おこがましい。それよりもまず、お前(凪一木)自身が困っている人間であり、困っている人間と同じく等しく、困っているということから出発していることの自覚なり、表明なり実感が必要なはずなのだ。
 自分自身の環境を変えたい。死に向かわされている現実を変えたい、殺されないための方策を立てる。死なないための生き方を突き詰める。そういうことのはずである。
 たとえば会社員なら、そこでその環境を変える職務をやればいい。もし官僚であったり、公務員であったり、それなりの地位にあるならば、それこそ、現状を改善する方向に働きかけたらいい。しかし、それが会社員でも国会議員でもなく、ただ作家であるとか、フリーの表現者は、職業はあっても立場はない。ない立場から援護射撃するなどというのはおこがましい。何かをしたら功績とされ、何もしなくてもお咎めなしの世界であるとしたら、いつからそんな偉い人種に成り上がったのか。
 一九五九年、吉本隆明は東大新聞にこう書いている。
 「ひとりの文学者としてのわたしは、社会的に無用の長物であることによってのみ意味をもち、無用の長物であるがゆえに、あらゆるものを否定することによってしか、存在の理由がないのである」(全著作集[13]『異端と正系』/勁草書房)
 要は、「世間の役に立たない無用の長物として、せめて茶々を入れるぐらいが関の山の暇人の繰り言ですいません」と肩身を狭くしてやるようなものだったはずなのだ。
 思想も表現も本来は、立場の中で苦しむ者のための一服の清涼剤や、もしくは本気で力となる類の筋肉増強剤であり、闘うパンクへのささやかな謳歌そのものだ。
 自らを鼓舞して、私は前に出たい。(建築物管理)







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