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評者◆凪一木
その15 辿り着いたらビルメンテナンス
No.3416 ・ 2019年09月21日




■前回で紹介したビル管で人気の本『遭難フリーター』を読むと、無職となった私とほぼ同じ目に遭う男がそこにいる。借金を抱える若き大学浪人となったフリーターの残酷物語が展開される。
 実はかつて、『遭難』の著者と全く同じキヤノンの本庄にある工場勤務に応募し、面接まで辿り着き、そして私の場合は跳ねられた。つまりは、その残酷物語にすら参加させてもらえなかったのだ。今の私は。
 工業団地の或る工場(「こうじょう」ではなく「こうば」)の面接に行くと、初めから、油まみれの繋ぎを着た三〇代くらいの元暴走族風パンチパーマが、履歴書を読んで、無言が続いた後、いきなりこう言ってきた。
 「新聞配達をやっていたんですか?」
 履歴書には、〈新聞に連載記事〉と書いてあった。
 あとの話は聞かずに、そのまま帰らせてもらった。
 いや、昔は配っていたことはあるけど、今そういう話かよ。文章も読めない奴が、しかし、その世界(「こうば」)では立派に仕事を全うしているんだろうことはこちらとしては分かっている。確かに、ちゃんと仕事をしている人間ではあるだろう。だけど「それもどうかな」とは思うのだ。本ぐらいは読む生活をしてくれよ、と。
 そこは、新聞の「配達者」が面接に来ることはあっても、「執筆者」が面接に来ることはなかった場所でもある。逆に言うと、文章しか書くことのできない今の私の方こそが、「それもどうかな」と問われていたのだった。「インテリが作ってやくざが売る」と言われる新聞ではあるけれど、私はいったいどっちなのかということである。
 なにしろ、面接「してもらう」無職の私は、「採用される/されない」の側であり、面接する方の「有職」のパンチパーマは、「採用する/しない」の側であったのだから。
 とにもかくにも、私も五一歳の誕生日に、妻から最後通牒を突きつけられて、ハローワークに通う。そしてビル管に辿り着く。
 これまで、ほとんどがバイトだが、三〇種類程度の仕事はした。いずれもモノになっていないから、流れ落ちた今はビル管という糸の切れた凧なのに存在していられるという場所である。
 最初にした仕事は新聞配達だ。建設の総合商社事務、電話販売の営業、すし職人、スーパーの店員、シュウマイ職人、今川焼の実演販売、たこ焼き職人、魚屋、ビル清掃、警備員(と言っても某事務所の見張り)、チラシ配り、ティッシュ配り、地下鉄工事、ビル建設工事、橋の工事、温泉施設や風呂釜の修理、電気工事、バス乗客調査、居酒屋店員、のちに詐欺行為で全員逮捕された先物取引会社の営業、レンタルビデオ屋の店長、ビデオ卸業者、ビデオダビング業者、ビデオ製作業者、ビデオ販売業者、ビデオ評論家、ノンフィクション作家、そしてビル管だ。
 小学校の卒業作文が今も残っていて、読み返すと、「考古学者になる」と書いてある。たぶん、『古代への情熱・シュリーマン自伝』の子供向けの本を読んでいて感化されていた。友達の一人は、久米穣の『戦うケネディ』を読んで、政治家になると言っていた農家の三男もいたが、いまは農協の職員だ。金田正一の『やったるで』を読んで、プロ野球選手にあこがれたスポーツ万能(自転車競技で全国大会出場)の友達は、警察官となり機動隊で活躍もしたが、のち消防職員に転じた。大松博文の『俺についてこい』に熱狂していた農家の長男は、そのまま農家を継いだ。そんな時代に私も夢もそれなりだった。
 人生がせめて二〇〇年ぐらいあるならば、今からでも挑戦したいと思っている。高校時代、一八歳の時に書いた文集には、「今から一〇年後に発表する作品を観てくれ」と宣言しているから少なくとも映画監督を目指してはいた。三九歳の直前から一年半を擁して一本監督したので、二〇年後以上ではあったけど、果たしたと言えば果たした。不満足の塊のような代物である。
 ハローワークでは連戦連敗が続いた。このぐらいは受かるだろうと思って出かけると、全てアウト。深夜スーパーのレジに応募したら、これもあっさりダメで、翌日の深夜にその店に行ったら、「こんな変なオヤジかよ」としか言いようのない変なオヤジが新入社員としてレジにいた。こいつに負けたのか。
 ショックだった。
 毎月「二〇〇〇円」という額を、バイトなのに社員と同じく「社有会費として徴収されるが良いでしょうか?」と訊いてくるスーパーもあった。有無を言わせぬ形で、バイト代がせいぜい七~八万円なのに、制服貸与代やそのクリーニング代も引かれて、なおかつ二〇〇〇円である。ばかばかしい。おそらく違法であろう。
 就職活動をいくらしても雇われず、家賃も滞納となるわけで、どうしたら生活保護がもらえるのか、と市役所の係をたらいまわしされながら、何人かの担当者とやり合った。そうしたら、親戚一同にまずは頭を下げて、お金を借りろという答えしかつきつけてこない。場所や担当者個人の人間性によるのだろうが、私の住む市では少なくとも、そうだった。藁人形を創って五寸釘を刺してやろうと、はっきりそう思うだけの彼女や彼ら、いやクソ婆アやクソ爺イの役人どもであった。
 アイヌに対して盗んだ骨を返しにきた北大の副学長以下が頭を下げない姿を見て、お上の同じ図式を見た思いがした。
 彼女や彼らは、おそらくただ、仕事を「こなして」いるだけで、恨まれるなどというのはお角違いであって、それほどに悪いことをしている気持ちはさらさらないのであろう。
 そのことの方が、その無意識こそが、よほどに問題だと思った。士農工商穢多非人とは、いまでは、「農」と言っても多様な人たちのことであり、そもそもその言われ方すらなかったと、説明されればそれはそうなのだが、ただ、問題は、そういう記述が歴史の教科書に尤もらしく載り、それを尤もらしく教わった世代の一人が私であるということだ。
 職業における、貴賎や差別や階級を意識させられて育ってきた。
 ネット上で、「底辺職業」と打つと、警備、清掃、介護、運送、飲食、工場、土木、ゴミ収集等が続く。ビル管はない。実は、底辺の中ではトップに位置し、底辺なのにそこに現れない。その微妙な位置感覚と上下感覚。
 ああ、ビル管。
(建築物管理)







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