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評者◆秋竜山
漁師とは何か、の巻
No.3408 ・ 2019年07月20日




■人影のない磯浜。一人いた。釣りをしている人。釣り竿の先の釣り糸、そして釣り糸には浮きが、水面に浮いている。ただ浮いているだけ。浮きの下は釣り針がエサをつけて海中にもぐっている。海中の釣り針の状況はすべて浮きによって知らされる。釣り人は、その浮きをたよりにしているのである。そんな単純な姿が釣りをする姿である。ところが、もう一人いた。釣りをしている人の後ろに、いつからか立っているのである。無言である。釣り人も無言。それが、ずっと続いている。足元の浜石に打ちつける波の音。後ろの人がポツリといった。「釣れますか?」無言の釣り人がポツリ。「見ればわかるでしょう」。たしかに、見ていればわかる。一匹も釣れていないのである。だからといって、後ろの見物人は、「釣れませんね」とは言葉をかけない。大きなお世話だというのが両者における暗黙の常識であり礼儀というものだ。余計なことを口にしない。「なぜでしょうねえ」とか、「どーしてでしょうね」とか、「イライラしてきますね」などとか、禁句である。ひたすら沈黙を続け、たえるのである。そんな中で時間は流れる。最後まで一匹も釣れなかったとしても、口を開かず無言で釣り場を立ち去る。宮崎法子『花鳥・山水画を読み解く――中国絵画の意味』(ちくま学芸文庫、本体一二〇〇円)で、〈元・明の漁夫・漁楽〉という項目の中で、
 〈実際、多くの宮廷画家の山水画に漁師が描かれている。倪端の「捕魚図」(国立故宮博物院・台北)、呉偉の「漁楽図」(故宮博物院・北京)、朱端の「寒江独釣図」(東京国立博物館)など枚挙にいとまがない。なかでも呉偉は「漁楽図」を最も得意とし、多く描いている。とくに湖北省博物館の「漁楽図」(図15)は、冬の寒さの中での漁を描き、五代の「江行初雪図巻」の漁師たちの直系の子孫といえる。また、明王の在野の職業画家、張路の「漁夫図」(護国寺・東京)(図16)、蒋崇の「漁舟読書図」(故宮博物院・北京)など、漁師は浙派の画家の画題として非常に好まれた。そこには従来のすべての漁師のパターンが表れている。しかも、それは山水の点景というより、ほとんど主役として扱われている。〉(本書より)
 私の生まれ育った田舎漁村であったが定置網漁で暮らしていた。もちろん親父も漁師であり、その家の長男である私も当然漁師になった。なっても一人前にならずして、やめてしまった。それでも一応は子供の頃から漁場で育ったから、それなりに身についていったのであった。漁師とは何か。浦島太郎のような人も漁師であり、沖合いに定置網を張って、大勢で網を引き上げるのも漁師であった。私は定置網のほうであった。だから文人画にでてくるような、あくびするような漁師ではなく、風流さもない。定置網漁業が文人画に描かれてあるのを見たことがない。おそらくないだろう。定置網の漁師たちには、釣り糸を海へたらすという漁師たちが、あまりにものんき過ぎるようにうつった。山水画のよさは、画面の空白の中にポツンと小船を浮かべ、釣り糸をたらす。そんな風情しかうつらない。魚を補る生活者というよりも、遊び人としか見えてこない。「あなた、今日も一匹も釣ってこなかったの。一日中、いったい何をしていたのよ」と、いわれるのが山水画に出てくる釣り人たちである。釣りには、いねむりがつきものである。







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