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評者◆秋竜山
怒り寸前の古池、の巻
No.3392 ・ 2019年03月23日




■外山滋比古『乱読のセレンディピティ』(扶桑社文庫、本体五八〇円)に、次のような文章があった。
 〈日本語の得意とする余韻も、残像作用によるところが大きい。
 古池や 蛙とび込む水の音芭蕉
という句で考えてみる。
 “古池や”のあとに大きな空白があって、そこで古池の残像が余韻をただよわす。切れ字の“や”は、その空白を確保する役をはたしているのである。
 “古池や”のすぐあとに、“蛙とび込む”を続けては、やはり、残像を殺しておもしろくない。はなして、まるで無縁であるような“蛙……”を、もってくる。古池の余韻は深まる。そこで休止、小さな余韻をひびかせるから、“水の音”をもってくる。そこでまた大きな空白があって、句全体の残像が余韻となるという次第である。〉(本書より)
 つまり、〈間〉を、いかにつくれるかということではなかろうか。間をもたせるかということによって〈場面の絵〉が浮かびあがるということである。けっして、急いでよむ句ではない。もっとも、急いでよむ俳句などありはしないだろう。せっかちなよみかたではいけない。“古池や”のあとに大きな空白という〈間〉をつくる。“古池や”といった後、息をとめる。どれくらいとめるか。とめればとめるほどいい。だいたい七秒くらいか。
 昔、私は田舎の小さな郵便局の電話交換手のマネごとを仕事としていた。電話交換手というと女性に決まっているが、「これからは男の交換手の時代になる」なんて、当時の郵政の偉い人がいった。「まさか」と、思ったが私が女性に電話交換手にまじって仕事をしたのは、それとは全然関係ないことであった。そして、ついに男性交換手時代はやってこなかった。それよりも、女性電話交換手時代も姿を消してしまった。その時、知ったのは、ヒトは何秒間たえてまてるかということであった。
 昔の旧式な電話機――ハンドルをまわして郵便局の電話交換台を呼び出す。私などはその前に座っていて、「ハイ」と、答えるわけだが、客は一秒、二秒、三秒、たってもその「ハイ」の応答がない。「なんで、出ないんだ」と、思い出す。四秒、五秒、出ない。イライラしだす。そして六秒。完全に切れる状態が。七秒。ついに大爆発して「オイ!! 郵便局はなにをしているんだ」と、どなることになるのである。私は、どれだけ、どなられたことか。五〇年ぐらい前のあの七秒間の恐怖は、でも忘れることはできない。
 古池や、といった後の空白か間を計算すると、怒りの間の七秒間がすごく参考になるような気がする。古池や、一秒、二秒、三秒、四秒、五秒、六秒、あと一秒で、「オイ、どーしたんだ」と、イライラがつのり、六秒から七秒にかかる寸前に、“蛙とび込む”と続けた時、あわや、その怒り寸前の間で、古池という画像が、あるいは残像が鮮明に頭に浮かび上がるのである。古池が浮かびあがれば、しめたものであり、99パーセントは大成功である。古池が浮かびあがらなかったら、蛙がどこへ飛びこんだことになるのかわからない。怒り寸前の古池である。芭蕉はきっと、そこまで計算しつくした一句であると思えるのである。







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