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評者◆中村隆之
ニューカレドニアの独立投票をめぐって――先住民カナクとフランス人の関係は暴力的な遭遇から始まった
ド・カモ――メラネシア世界の人格と神話
モーリス・レーナルト著、坂井信三訳
No.3379 ・ 2018年12月15日




■11月3日の朝を筆者はニューカレドニアの中心都市ヌメアで迎えた。独立投票を翌日に控えた市内は平穏そのものだった。午前中、研究者仲間と一緒に文書館を見学した。文書館では館長が出迎えてくれ、今回の投票に関連する貴重な資料を見せてくれた。
 私たちが見たのは、1853年9月、フランスがナポレオン3世名義でニューカレドニア本島とイル・デ・パン島の領有を宣言する、2枚の手書きの証書だった。この時期、フランスはこうした一連の証書をつうじて植民地化を宣言し、各「部族」の「酋長(chef)」にナポレオン3世の主権を認めさせていった。「酋長」は、各証書にサインの印に「×」を記している。
 館長が準備してくれた2枚のオリジナルの証書は、本年5月、フランス大統領エマニュエル・マクロンが来島の手土産に返還したものだという。証書作成から長い年月を経た現在あらためて思うのは、言語の、とりわけ文字の権力性だ。先住民は、海からやってきた異人たちが自分たちの住んでいる土地の所有を、彼らの論理(文字による法体系)でもって正当化してしまうとは思ってもみなかっただろう。フランス人にしてみれば先住民はただの「未開人」であったにちがいない。
 このような暴力的な遭遇から先住民カナクとフランス人の関係は始まった。それゆえ20世紀中盤以降、各地の脱植民地化運動の反響がニューカレドニアに届き、カナク人による独立運動が盛んとなるのは必然だった。なかでもジャン=マリ・チバウを指導者として独立派連合組織「カナク社会主義民族解放戦線(FLNKS)」が成立した84年以降、この群島は、ほとんど内戦のような過酷な状況を経験する。独立派とフランス政府のあいだで結ばれた88年の協定を経て独立投票をおこなうことが98年のヌメア合意で定められた。この合意から20年後の本年11月4日、フランス共和国からの独立を問う投票がおこなわれることになった。
 この短い滞在中、街中ですれちがうカナクの人々からは日本人観光客を歓迎する様子は見られなかった。敵意というほどではないが友好的でないのはたしかだ。カナク系住民とフランス系住民とのあいだには見えない緊張関係がありそうだった。大げさかもしれないが、アルジェリア解放闘争の過程でフランツ・ファノンが記述したように、植民者と被植民者のあいだには埋めがたい分断があるのではないかと感じる数日間だった。
 いったいカナクの人々はどのような文化を形成してきたのだろうか。そのことを深く知るための一冊として筆者が現地の非カナク系文化人に薦められたのがモーリス・レーナルトの民族誌『ド・カモ』(1947)である。
 本書の著者レーナルトはフランス人宣教師として1902年にニューカレドニアにやってきた。およそ20年間、現地の宣教活動にたずさわり、カナクの言語を習得し、文化をその内側から理解しようと努める。カナク文化に関する資料や著作を発表しつづけ、フランス帰国後にはマルセル・モースの後任として35年から50年のあいだ高等研究実習院の未開宗教史の講座を担当する。訳者あとがきの挿話によれば、レーナルトの授業は評判が芳しくなく、講義に毎回出席するのはミシェル・レリスとレーナルト夫人だけだったが、レリスによれば「まるで目の前にメラネシア人がいるかのような」印象を与える講義をおこなっていたという。メラネシア人とは、ニューカレドニア、ニューギニア東部、オーストラリア沿岸の島々で暮らす現地民の総称である。
 著者の卓越した視点は、まずはその言語理解に示される。一般に私たちは言語を機能面でとらえがちだ。たとえば筆者は語学教師としてフランス語を教えるとき、フランス語と日本語のあいだには一定の対応関係があり、あるフランス語の単語は、日本語の別の単語にさも当然置き換えられるかのように教える。「Ma mere」=「My mother」=「私の母」という具合に。
 しかし、メラネシアの言語ではこれを「母・私」と表現する。「母」と「私」が一体であるという有機的関係が表されているのだ。それに対し、「Mon pere」にあたる現地語は「父・の・私」である。ここに「の」に相当する小辞が入ることで「母」よりも「父」との関係のほうに距離感があることが示される。「母・私」と「父・の・私」を区別するメラネシアの言語体系は、西欧言語にこれに相当するものがない以上、フランス語ではうまく言い表せない。
 「オロカウ」は文字通りには「大きい息子」の意だが、当地の白人はこれを「酋長」と訳した。「われわれの言語では酋長(chef)の語源は「頭」であるが、ここではそんなふうに考えることは決してない。酋長は政府の頭ではなく、彼が代表するのは特定の活動の「顔」である。[…]「酋長」とよばれているのは、実はクランという兄弟関係の集団、つまり父方親族全体の長老のことである」。
 つまりフランス語では酋長は家来をしたがえた権力者=領主であるが、現地の言語では兄弟のなかの「大きい息子」なのである。彼には「領土を支配する権威はない」。収穫のときに初物を周囲から受け取るのは「彼がいるおかげで平衡が保たれ、目に見えない大長老たち[先祖]が耕地と人々の生活に対して好意的であってくれるから」である。
 しかし、かれらの生活は白人による植民地化によって変容していく。人間は樹木から生まれ(「カナク人はみな、自分の祖先が森のどの樹木の幹から出てきたか知っている」)、死者は生者とともにあり、祖先の肉からできたヤムイモを丁重に扱うなど、人々は神話的な世界観のなかで生きてきた。そこに白人はカナクの世界観に存在しなかった観念を新たにもたらした。「身体」である。「身体」を認識することで、人間と樹を同一に捉えるような「融即」(レヴィ=ブリュル)の思考が変容し、カナク人における世界と自己との分割が、神話的世界から離脱する人格の個別化が始まったのだ。
 先住民カナクは、植民地化以降のこうした変容の過程をつうじて、西欧近代の構築した諸制度や思考様式と一定の折り合いをつけながら、今日の独立投票を迎えた。結果は否決であったが、投票翌朝の地方紙によれば、賛成43・60%、反対56・40%であり、当初予想されていたような反独立派の圧勝とはならなかった(投票率は80・63%)。17万5千人の有権者のうち5万人が暮らすヌメアでは反対派が8割を占めた。しかし、本島の半分(東側)と離島では総じて独立賛成が上回った。
 投票日の翌日、ヌメア中心地の旧家具店の放火後の現場を見た。すでに空き家だったそうだが、まるごと燃えた建物そのものが、無言の激昂を伝えているように思われた。各地では自動車への放火があったようだ。
 独立投票は20年に再度おこなわれる予定である。
(フランス文学)







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