書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります
評者◆殿島三紀
可笑しくて、やがて悲しく懐かしく……――監督 野尻克己『鈴木家の嘘』
No.3377 ・ 2018年12月01日




■『ビブリア古書堂の事件手帖』『アンナ・カレーニナ/ヴロンスキーの物語』等を観た。
 『ビブリア古書堂の事件手帖』。監督は三島有紀子。北鎌倉の片隅にひっそりと建つビブリア古書堂。その若く美しい店主・篠川栞子が古書にまつわる謎を解き明かしていく「ビブリア古書堂の事件手帖」(三上延著)が原作。40年間の書籍ベスト第1位に選ばれるなど、数々の賞を受賞し、累計640万部以上を誇るベストセラー。主人公の栞子の魅力をはじめ、古本屋の佇まいや鎌倉を愛した昭和の作家たちの匂いが多くのファンを惹きつける所以か。こんな人気作品の映画化は主人公に抱く読者のイメージが大きいだけになかなか難しい。今回は黒木華が栞子を演じたが、う~ん、達者ではあるが、ちょっとイメージと違うかなぁ。
 『アンナ・カレーニナ』。今回が8回目の映画化となる文豪トルストイの名作「アンナ・カレーニナ」。監督・脚本はカレン・シャフナザーロフ。8回目ともなると構成もこれまでとはちょっと違う。映画は、日露戦争の満州とアンナの死後が舞台。愛のもつれに苦しんだアンナが鉄道事故を遂げた後、成長した彼女の息子セルゲイと愛人ヴロンスキーが戦火の満州で遭遇するという設定だ。これがドロドロの愛憎渦巻くストーリーに多少の救いを与えているといえようか。いや、やっぱりドロドロか。
 さて、今回紹介するのは『鈴木家の嘘』。ある日、自ら命を絶った鈴木家のひきこもりの長男。そのショックから記憶を失ってしまった母のために、遺された父と長女はとんでもない嘘をつく。「お兄ちゃんは叔父さんの仕事を手伝うためアルゼンチンに行ったよ」。そこから始まる鈴木家の嘘。父は原宿・竹下通りでゲバラのTシャツを買い込み(アルゼンチンといえばゲバラだ)、長女は兄になりすまして母に手紙を書く。鈴木家の嘘は叔父や叔母も巻き込んだ物語に発展するが、深刻で悲しい話のはずなのに、こらえきれずに笑わせられる場面が随所にある。そう、どんなに悲しくたって遺された家族は食事もするし、変なこともする、笑うこともある。だって、生きているのだから。でなければ、観客も安心して笑えはしない。
 こんなに可笑しくて真面目な映画を作ったのは野尻克己監督。自ら手掛けたオリジナル脚本「鈴木家の嘘」で長編劇映画監督デビューを飾った。監督が脚本を書いたのは兄の自死がきっかけ。自身の経験を基に脚本を書いた。家族も自分もずっと封印してきたひきこもりの兄の死をデビュー作品として取り上げ、真正面から向き合う作業は辛かったろう。辛いけれど映画にする以上は観てもらわなければならない。そうであるなら、辛い悲しいばかりじゃダメだ。しかし、ワッハッハーのお笑いにはできない。弟として笑いと悲しさとの匙加減が難しかったことと思う。そして、生まれたのが本作。新人監督の作品とは思えない上質な映画ができあがった。
 監督は言う。「葬儀の後のひからびた寿司桶の前。みんな黙って食べていたが、私はその情景に思わず笑ってしまった。ウチの久しぶりの家族団欒だったからだ。私はその時、初めて『家族』というものを考えるようになった」。
 突然、命を絶った長男。息子の無残な姿の第一発見者となった母。母はその衝撃と悲しみで記憶を失うほどだったが、父も妹も長男の死によって、その心中には疑問と自責の念が渦巻いていたのだ。だが、これ以上、母を傷つけられない……。
 こんな辛くて重い映画なのに、大学生の娘にソープランドの支払いをさせる父親につっこみを入れたりしながら、133分を笑い、時には、ため息をつきながら観てしまった。家族ってウザいようだが、案外脆くって、気がつくと無くなっていたりするものなのだ。大事にしないと。
(フリーライター)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 なめらかな世界と、その敵
(伴名練)
2位 石川九楊自伝図録 わが書を語る
(石川九楊)
3位 罪の轍
(奥田英朗)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 一切なりゆき
(樹木希林)
2位 一人暮らし
わたしの孤独のたのしみ方
(曽野綾子)
3位 のっけから失礼します
(三浦しをん)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約