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評者◆殿島三紀
性差を越えたテニスの試合――監督 ヴァレリー・ファリス&ジョナサン・デイトン『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』
No.3359 ・ 2018年07月14日




■『ガザの美容室』『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』を観た。
 『ガザの美容室』はガザ出身の双子の兄弟監督、タルザン&アラブ・ナサールによる初の長編映画である。ガザと聞くと、イスラエルが建造した高い壁に囲まれた、天井のない監獄と言われる街を思い浮かべる。51年前からイスラエルの占領下に置かれ、24年前にパレスチナによる自治が始まった。だが、11年前にイスラム組織ハマスが支配するところとなると、イスラエルは経済封鎖を開始。一方、ハマスとパレスチナ自治政府も対立している。ガザはまさに二重の対立構造の中にあるのだ。
 そんなガザの街にある一軒の美容院が本作の舞台。壁の中とはいえ、人が住んでいれば生活がある。髪を整え、脱毛もしなければならない。その美容院には離婚調停中の主婦や、ヒジャブを被った信心深い女性、結婚式を控えた娘、出産間近の妊婦。皆それぞれが順番を待ちながら午後の時間を過ごしている。そんなとき、表の通りに銃声が響き、女たちは突然起こった戦乱の中に取り残される……。
 ほぼ、美容院の店内だけが舞台。ワンシーンの演劇のような映画である。戦争よりも暮らしを描くことが大切だと信じる監督たちが、彼女たちの生活の断片からガザの状況を切り取って見せてくれた。これがガザの日常――。
 そして、『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』。ヴァレリー・ファリス&ジョナサン・デイトン監督のアメリカ映画だ。タイトルは「男と女の性差を越えた戦い」というような意味。1973年、全世界で9000万人が見守った、女子テニス世界チャンピオンのビリー・ジーン・キング29歳と、元男子チャンピオンのボビー・リッグス55歳のテニスの試合があったことを、ある年齢以上の方は覚えておいでだろう。テニスに詳しくない方でもキング夫人といえば、「ああ、あの人か」と頷かれるはずだ。
 1973年といえばアメリカでは男女平等を求める運動が起こっていたが、未だ端緒についたばかり。テニス界の男女格差もひどいものだった。キングは女子の優勝資金が男子の1/8という差別に抗議して女子テニス協会を立ち上げ、自分たちの手でスポンサーを探し出す。そんな数々の試練と闘っていた彼女に“男性優位主義”の代表として挑戦状をつきつけてきたのがボビー・リッグスだった。ギャンブル依存症のため、愛妻から離婚宣告を受けていた彼もこの試合に人生の転機をかけていた。
 1973年という年は男女同権に向けてアメリカが変わり始めた年だ。雑誌「ミズ」が創刊され、議会は男女平等憲法修正条項を承認する。だが、女性は自分の名前でクレジットカードを持つことさえ難しかった時代である。そんなとき行われたのが「性差を越えた戦い」と呼ばれたこの試合。現女性テニスチャンピオンのビリー・ジーン・キングvs.元世界王者のボビー・リッグス。試合がそのまま男女同権論争の公開討論場と化したかのようであった。
 キング夫人といえば、テニスのことよりレスビアンのことばかりが話題になったのを記憶しているが、そのあたりも描かれている。しかし、彼女はライフマガジン社による「20世紀におけるもっとも重要なアメリカ人100人」にも名を連ねる人物。何といってもこの試合で元男子チャンピオンのボビー・リッグスを破り、女性たちを勇気づけ、男性たちを学ばせたことを忘れたくない。まさに、社会に影響を与え、女性解放運動に大きく貢献した試合だった。
 主演は『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーン。ちょっと怖い印象のあったキング夫人を、大きなフレームのメガネをかけ眉間にしわを寄せたエマが熱演していた。
 男女平等、ウーマンリブ、レスビアン……。政治の季節が一段落した後のアメリカ社会のネクストステージはミルフィーユのように多層的である。
(フリーライター)







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