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評者◆志村有弘
豊岡靖子の光明皇后を描く歴史小説(「あべの文学」)――萩原有記の庶民に視点を置く平安絵巻(「狼」)
No.3325 ・ 2017年11月04日




■歴史小説では、豊岡靖子の「藤原の息女・光明子」(あべの文学第25号)が労作。主人公は光明皇后。前半は皇子基王の死去による落胆、長屋王の死などが描かれ、後半は施薬院・悲田院を設けて民への救いに尽力する皇后の姿を綴る。皇后の苦衷がよく描かれている。東大寺大仏鋳造前夜が舞台。皇后に付き添う八重、二度登場する夢解女月蛍の姿も印象的だ。登場人物の描き分けが巧み。静かな文体にも好感。
 萩原有記の王朝小説「於才ときね」(狼第70号)が心優しい王朝絵巻。於才の母は天皇の后となる宥子姫の乳母。主たる舞台は大納言利賢の屋敷。主人公は西の対の屋に住む於才のもとで下働きをするきね。きねは東の対の屋に住む松丸の子を宿し、男の子を産むのだが、この子となら一緒に生きていける、と思う。作中、宥子は於才を羨ましく思い、於才はきねを羨ましく思う。自分の置かれている境遇と心の満足感とは異なるということも示す。好ましい一篇の平安絵巻を展開。登場する女性たちそれぞれに好感が持てる。佳作。
 逆井三三の歴史小説「戦わざる日々」(遠近第64号)が力作。幕末の老中板倉勝静の言動を通して、幕末から西南戦争にいたるそれぞれの戦いの真相を探る。板倉の眼で語る島津久光、西郷隆盛、徳川慶喜などの人物論が面白く、勝海舟と板倉の対話が作品を盛り上げる。戦争の無意味さ、空しさと共に、戦いを繰り返す人間の愚かさもひしひしと。
 現代小説では、曽根登美子の「夕陽を追いかけて」(法螺第75号)が、ひとりの女性の波乱に満ちた半生を綴る。よし江は、出征前夜の正澄との一度の契りで妊娠し、娘(富士子)を産んだ。正澄は戦死し、よし江はふたりの娘がいる隆三と結婚したものの、密かに富士子へ送金を続け、借金がかさんでいった。よし江は全てを放り出して店の男と逃げ出したが、男との生活も破綻する。やがて生活の安定を得たとはいえ、富士子は六十歳で他界した。よし江も今は九十歳。作品末尾で、戦争がなかったら、よし江は正澄と親子三人で暮らし、隆三とその娘たちも違った人生を送ったろうと思う。老いたよし江の孤愁。早いテンポの文体のせいか、荒削りな感じもするが、心に残る作品だ。
 白河葉の「不思議猫」(ペン第12号)の主人公は、動物を拾ってきては飼育し、希望者にあげている小学生の優。未来を眼に写す猫のミケ。担任の女先生の死を写し、優の未来も示される。他愛がないといえばそうなのだが、様々な可能性を秘めたミステリー風な少年小説の感も。
 エッセイでは、秋田稔の「探偵随想」第128号に年輪の凄さ。江戸川乱歩の「奇譚」翻刻のことや、通勤の友として乱歩の市民文庫『心理試験』(河出書房、昭和二十六年刊)を持ち歩き、今はカバーも取れて裸となっているという乱歩病(?)が示される。大内茂男から贈られた博文館版『陰獣』(五版)を大切に所持していることも記される。数年前、某古書店の目録に「探偵随想」75号までの揃いが相当な値がついていて、秋田自身が驚いたという逸話も。暑中、涼風の感の好随筆。
 文人の特集を組む雑誌は、その文人の世界を一望することができ、また、その文人を後の人がどのように見てきたかを考察することができる場合もある。「現代短歌」通巻第49号が岸上大作を特集しており、沢口芙美の回想「岸上大作のいた青春」など貴重な文章を掲載。沢口の文に見える田島邦彦に関連して、石川幸雄の「田島邦彦研究 一輪車」の存在を思うと、岸上を含めた周辺の文人の大きさをしみじみと思う。「脈」第94号が詩人・思想家川満信一特集。島尾敏雄との交流をはじめ、川満の人となりや思想を伝えて貴重。「ココア共和国」第21号が、学校を舞台とする佐々木貴子の散文詩小特集を組み、透明感のある文章に好感。「潮流詩派」第250号が「小特集 戸台耕二」と銘打って、戸台の詩八篇と戸台自身の感懐を掲載。昔、私は、泉淳の小説『火田の女』(歴史文学賞)の解説を書くため、戸台の詩集『火田民』を探し回ったことを思い出した。
 詩では、土倉ヒロ子の「喜劇への試み」(木偶第105号)が悲しい。息子が平滑筋肉腫を発症し抗がん剤無効状態の母の苦悶。「涙をながすなんて悔しいから/母さんは笑ってしまうよ」・「神様は優しいね/君を夢見るひとのまま/天国へと招いているのだから」という、どうにもならぬ憤り、悲しみ。辛く、重い詩だ。
 短歌では、加藤英彦の「なさざりし為せざりしことばかり増え今年の桜はたっぷりと濃し」(「現代短歌」第49号)に、自分の悔いを再認識。人生の悔いと自然の悠久との対峙を思う。
 短歌中心の「汀花」が創刊された。同人諸氏のご健筆を期待したい。「田島邦彦研究 一輪車」、第二次「狼」が終刊となったが、同人諸氏の今後の健闘をお祈りする。「中部ぺん」第24号が清水信・三宅千代、「炎」第40号が檜葉奈穂追悼号。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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