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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻32
No.3294 ・ 2017年03月11日




■歴史的政権交代選挙に関わる④

 2009年7月17日、マスコミは、時の首相・麻生太郎が同月21日に衆議院の解散に踏み切り、8月18日公示、30日が投開票日になると大きく報じたが、有力紙の中には、田中康夫の出馬宣言も大きく紹介されていた。それを知って、「田中選挙」の応援をいったんは断ろうとして最終的に受けることにした井筒高雄と井奥雅樹の「市民派選挙お助けコンビ」は、田中のマスコミに対する仕掛け上手に感心させられた。
 そもそも田中が出馬を決めた兵庫8区は、全国300選挙区の一つにすぎない上に、下馬評では7期連続当選している有力現職がいて、田中クラスの著名文化人が立候補しても勝ち目のない無風区と思われていた。さらに田中が政権交代の担い手になるかもしれない野党第一党の民主党の幹部ならばともかく、「一人政党」ともいうべき超弱小の新党日本の代表でしかない。しかも解散が報じられた注目の当日である。ふつうなら、「その他大勢」の扱いを受けて当然のところであった。しかし、そうではなかった。マスコミに知り合いの多い田中のことだから、それをフル活用したのであろうが、仮に井筒たちがそれをやってみろといわれても到底できない“大技”であった。
 この日、田中の出馬を報じたマスコミは数紙あったが、最も大きく扱ったのは、朝日新聞であった。選挙においては、マスコミに対する「全方位外交」は必ずしも上策ではない。「全方位」だと、多くの場合、各紙とも「そこそこの扱い」しかしてくれない。むしろ新聞なら1紙、テレビなら1局ときめて担当記者を“えこひいき”したほうが、向こうも“特別扱い”をしてくれる可能性がある。田中のキャラと支持者から判断すると、“えこひいき”すべきは朝日新聞と思われたが、その“籠絡”に成功した田中の炯眼と手腕はさすがだった。
 ちなみに同日の朝日新聞夕刊は、「田中康夫氏、出馬へ 兵庫8区、冬柴氏と対決」の見出しを掲げ、4段のスペースをさいて次のように報じていた。
 「(前略)同区の現職は公明党の冬柴鐵三元幹事長。新党日本は民主党と連携して政権交代を訴えており、参院議員である代表自身が『くら替え』して与党幹部と対決することで、有権者ヘのアピールを狙う。民主党が推薦する見通しだ。田中氏は17日、朝日新聞記者の取材に対し、『阪神間の兵庫8区は、私が大震災のボランティアを通じて政治と社会を変えるために行動し、長野県知事となって公共事業のあり方を変えることを教えてくれた原点だ。そこから日本を変えたい』と述べ、出馬への意欲を明らかにした」
 田中が阪神・淡路大震災のボランティアに参加していたことは、当時からよく知られていたし、今回の選挙応援を本人から依頼されたときにもその話は出たが、その震災ボランティア体験を「出馬の第一動機」として語ったことに、感激屋の井筒は胸を熱くした。14年前、社会人枠で入学した大学時代に、ピースボートのボランティアに参加したときのことが甦ってきて、なんだか田中が「戦友」に思えて俄かに親近感がわいてきた。
 しかし、ここから先の記事にこそ、朝日が田中のことをこれほど大きく扱った理由があり、そこに策士・田中の真骨頂があった。同紙の記事はこう続けられていた。
 「『官僚統治を脱却し、国民主権を実現する。国土交通省の中央集権的な代弁者が政治家ではない』と語り、元国土交通相の冬柴氏への対決姿勢を鮮明にした。
 田中氏は民主党の小沢一郎代表代行に対し、ともに政権交代への決意を示すため、岩手4区から東京12区(現職は公明党の太田代表)に『国替え』することを求めてきた。田中氏は17日、『東西で戦えば有権者が選挙に行こうという気持ちになる。最終決断を望む』と語った」
 おそらく田中が語った「民主党の小沢一郎代表代行云々」のくだりが記者魂をくすぐったのは間違いないであろう。田中は、民主党幹部ですら秘書を通さないと連絡ができない小沢一郎に対して携帯でやりとりができるのが自慢で、事実、当時はそのような蜜月の間柄にあり、それは記者たちにも伝わっていた。したがって、「自分も『国替え』するから小沢にも『国替え』させる」は記者たちには信憑性があると思われたが、相当部分、田中の主観的願望が入っていた。
 公示前には明らかになるが、実際は、公明党の太田代表の東京12区には、小沢チルドレンの青木愛が出馬する。しかし、大事なのは、もともと東京12区は注目選挙区だったが、この田中の主観的願望にマスコミが飛びついたことで、両者はセットになり、田中の選挙区も俄かに「注目区」になったということである。おかげで、以後、朝日に限らず他紙も、注目選挙区特集を組むたびに、田中の兵庫8区が東京12区とセットで取り上げられることになる。
 「虎の威」ならぬ「小沢一郎のマスコミ価値」を借りて自分を引きたたせようという、なんとも巧妙かつしたたかな作戦が、選挙公示前に効を奏したのである。
 田中には文化人独特の癖があって選挙の神輿としては扱いにくかったが、井筒と井奥は、この田中の策士ぶりに、「ひょっとするとひょっとする、これは担ぎがいのあるタマかもしれない」と思ったのだった。
 通常、選挙は、「業界用語」でいう「地上戦」と「空中戦」の組み合わせで戦われる。
 「地上戦」とは、後援会活動などを通じて、有権者一人一人と面着しながら支援の輪を広げていく。別名「どぶ板選挙」とよばれる伝統的手法で、票を読んで確実に叩きだすことができる。
 いっぽう「空中戦」とは、街頭での遊説、ビラ配布、マスコミを通じた発信に加え最近ではブログやツイッターなどSNSを用いた選挙活動で、ある種風まかせで読めないところがあるが、これが当たると大風がふいて思いもかけない票が湧いてくる。
 もちろん策士・田中康夫が得意とし、それを中心に選挙を戦おうとしたのは、後者の「空中戦」であった。しかし、そういう策士にかぎって、策におぼれて足元がおろそかになる。その足元を固めるのが「地上戦」であり、それを担うことになったのが井筒高雄と井奥雅樹の「市民派選挙お助けコンビ」であった。
(敬称略)
(つづく)







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