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評者◆大塚真祐子(三省堂書店神保町本店)
長嶋有の最高傑作がまたここに更新された
三の隣は五号室
長嶋有
No.3260 ・ 2016年06月25日




■銀色の集合ポストへ日々飽きずにさしこまれるピザやマッサージ店の宣伝とともに、番地も部屋番号も同じで名前だけが違う郵便物がまぎれているというのは、借家ならよくあることだ。手のひらの上の知らない名前は近しいようなわずらわしいような、奇妙な存在感を放ってそこにいる。自分ではない誰かが確かにこの部屋に暮らしていたのだと、宛名から想像はできても、実感はなかなかできない。
 本書は「第一藤岡荘の五号室」の半世紀を描く、いわば借家小説だ。1966年から2016年まで五号室に誰が住み、奇妙な間取り(冒頭の「間取り図」を何度も眺めることになる)をどのように活用し、彼らがどのようなふるまいをしたか、小さな部屋のさまざまな景色が綴られる。
 たとえばテレビのアンテナ線は住人によって延長されたり戻されたりしながら、ロス疑惑の報道やキムタクの髪型の変化をブラウン管に映しだす。文学に登場する電化製品とその描かれ方を語った『電化文学列伝』(講談社文庫)をひくまでもなく、長嶋有の小説にはよく家電が登場するが、本書も例外ではない。住人たちの観るテレビの形態の移り変わりで時代は語れるけれど、伝えたいのはそこではない。
 五十嵐五郎(84年~85年居住)は深夜ラジオを聴くための巨大なアンテナを針金で窓に取り付ける。錆びついてほどけなくなった針金の残骸を九重久美子(95年~99年居住)が見つける。ほとんど手すりと一体化した針金がいったい何を固定していたのか、久美子は歯を磨きながらつかの間思いを馳せるが、想像は正答にはたどりつかない。
 作者と読者、そしてこの「五号室」だけが正解を知っている。針金は物干し竿を頂点とした三角形のアンテナを固定していたこと、浴槽の水漏れは、六原睦郎(85年~88年居住)がホームセンターで購入した風呂の栓の口径がわずかに大きかったためであること、そのことをイランから来たアリー・ダヴァーズダ(09年~12年居住)だけが入浴中に発見することなどを読者は知りながら、いつのまにか「部屋そのもの」の視点になって住人たちを見ている。
 住人同士はこんなにも近しい存在なのに、互いのことを知らない。「場」の目線になると人間の関わりというのはとてもフラットで、見晴らしのよいものに思える。満員電車の車内で、デパートの屋上で、ライブハウスの暗闇で、無数の区切られた空間でひょっとしたら同じことが起きているのではないかとふと考える。
 そう、本当は誰もがとなりあっていると、長嶋有は言葉を尽くして伝えようとする。
 「(略)かつてこの部屋で過ごした者たちが十三に対して放った言葉は一様に「懐かしい」だ。なんて簡単になるんだろう。
 誰もかれも、すべての人が、簡単に生きたはずないのにな。」(219ページ)
 終盤のこの鮮烈なモノローグが、すべての長嶋文学の根幹にある。世界を簡単に懐かしくしないために、長嶋は物語というツールを使ってもう一度それらを生み、構築し、誰もかれも(部屋やアンテナ線や針金でさえも)簡単に生きたわけではないのだと、丁寧に語りつづけてきた。長嶋が家電をはじめとする固有名詞を多用するとき、わたしはそこに人の生きた痕跡のような、欠片のようなきらめきをみる。これはまるごと愛のようではないか。こんなふうに生を肯定する文学をわたしは他に知らない。
 長嶋有の作品には部室や車など「定点」からの視点が活かされたものが多い。今作はこれまでの作品のなかでもとりわけ借家という共通の「場」が物語を支え、人びとの移ろいを細部まで鮮やかに映しだしている。長嶋有の最高傑作がまたここに更新された。







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