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評者◆sasha
存在しない存在をなくせ
無戸籍の日本人
井戸まさえ
No.3248 ・ 2016年03月26日




■乳幼児健診が受けられない。就学年齢になっても小学校に通えない。成人しても選挙権がない。運転免許証が取得できない。勿論、パスポートも。結婚したい人と出会っても婚姻届が受理されない。銀行口座が作れない。家を借りることが出来ない。仕事をしようにも低賃金の条件の悪い職場でしか働けない。携帯電話の契約が出来ない。
 そうして、自分が自分であることを証明できない。
 戸籍がない。すべては無戸籍であることが原因だ。ここ数年、メディアで取り上げられるまで知らなかった。私たちが当たり前だと思っていることが、簡単に出来ることが出来ない人たちがいる。
 本書の著者は民法772条の300日規定によって、自身の子供が1年間無戸籍であったことから無戸籍児・無戸籍者の支援を始めた。本書では著者が戸籍取得の為の支援をした何人かのケースが紹介されている他、民主党議員時代に取り組んだ民法改正がいかにして潰されたかの顛末が詳細に綴られている。
 無戸籍者が生まれる理由は様々だ。離婚が成立しないうちに別の男性の子供を身ごもる。これは前夫のDVが原因の場合が多そうだ。出産費用が支払えず、産院が出生証明書を借金のカタにして渡してもらえない。そして、単なる無責任な親もいる。
 背景は多種多様だが、それを生まれた子供に背負わせていいのか。実際、著者が離婚後に生まれた子供の出生届を提出した時、市役所の職員は300日ルールを説明した後にこう言った。
 「それは離婚のペナルティです」
 シングルマザーも、離婚も、再婚も、珍しい時代ではなくなった。それでもお役所はこんな感覚なんだと呆然とする。幸いにして著者は政治家へのパイプもあったことから本人訴訟を起こして子供の戸籍を得た。
 だが、著者のようなパイプや法律の知識のない一般の人はどうだろう。何をどうしていいのか、まったく分からないのではないだろうか。役所で「戸籍も住民票も作れない」と言われたらそこで引き下がってしまうのではないだろうか。目には見えない高い壁があるんだ。
 だから、著者たちが築いた支援のネットワークが重要な役割を担うのだろう。しかし、本来であればそれは民間の人たちが支援をするのではなく、国が自ら解決に動くべきことだろう。
 著者たちの活動やメディアに取り上げられることで、行政にも動きは出て来ている。それでも、自治体によっては差があるようだ。
 日本国憲法は保障する。すべての国民の健康で文化的な生活を。だが、確実にそこから零れ落ちている人々がいる。
 13年間で著者が支援に係わった無戸籍者は1000人以上にのぼるという。行政も正確な無戸籍者の人数は把握出来ておらず、その数は1万人以上とも言われている。
 この世に生まれ、生きて生活をしている。それでも存在しない存在となってしまう。そういう人たちすべてが戸籍が取得できる日は来るんだろうか。今日もどこかで、戸籍のない子供が誕生しているかもしれないと思うと切なくなる。


選評:「保育園落ちた日本死ね!!!」。匿名で書かれたブログがアップされてから約一ヶ月。いまやこの話を聞かない日はない。ところが某国首相は「匿名だから確認しようがない」と完全に的外れなコメント。すると「保育園落ちたの私だ」とする人がウェブ上にも、国会前にも、国会内にさえ多数あらわれた。今回のレビューでいわれているように、「存在しない(確認しようがない)」とされた存在が姿をあらわしたわけだ。
次選レビュアー:yuu_mori31〈『図書館ドラゴンは火を吹かない』(宝島社)〉、星落秋風五丈原〈『愛犬たちが見たリヒャルト・ワーグナー』(白水社)〉







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