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評者◆堀江奈津子(くまざわ書店阿久比店)
目の前のあなたを笑わせるために
ゼロワン
若木未生
No.3247 ・ 2016年03月19日




■1月末に集英社から刊行されていた隔月誌『コバルト』がWEBへ完全移行、紙媒体は廃刊となる情報が流れた。少女小説雑誌としては学園恋愛からファンタジー、果てはBL・百合系まで幅広いジャンルを扱う懐深い雑誌で、多くの文学少女(少年も)の読者がいたと思われる。
 SNS上では自分が読んでいたころの作品をあげ名残惜しむ書き込みを多く見かけた。かく言う私も学生時代に愛読していたひとりである。近所の公立図書館で借りることができた幸いもあり、気になる連載があるとバックナンバーを読み、文庫化したら買いに行った。
 『コバルト』を足がかりに一般文芸に移っていき話題になった作家も多い。最近では『革命前夜』で大藪春彦賞を受賞した須賀しのぶ氏が記憶に新しいところである。
 『ゼロワン』の作者若木未生氏も『コバルト』出身である。一般文芸書としての初めての新刊が出ると聞き『グラスハート』シリーズを愛読していた学生時代を思い出しつつ、奇しくも同い年の主人公が出てくる本書を手に取った。
 声優としてもパッとせず、ひとまわり若い青山零と組む漫才コンビ「ゼロワン」も鳴かず飛ばず。ダメなオトナとして、女子大生のヒモとなりつつあった王串ミドロ33歳。しかし、ひょんなことから年末のマンザイ・グランプリに本気で挑戦することになる。
 王串は最初からダメなオトナだったわけではない。声優として主役を張ったこともあった。
 しかし零の兄である親友・壱を亡くしたことで現実との「赤い糸」がぷっつりと切れた。それは、王串だけではなく零、そして壱の妻・鏡子も同じであった。
 壱の“幽霊”に取りつかれたように、どうしても自分に自信が持てない王串。兄を失ったショックから自分を救った「笑い」を返したいと、王串を笑わせるため漫才をする零。若い零の可能性をつぶしているのではないかと考えつつ、舞台に立つことをやめられない王串は覚悟を決め、背水の陣のつもりでマングラに臨む。二人の関係は相棒というより兄弟のようだ。アドリブから零のボケを引き出し、対応したツッコミを入れる。漫才の場面はもちろん、普段の会話の描写にも仲良しぶりがうかがえてにやりとしてしまう。普段から「笑い」に対して貪欲であることが会話にも表現されているからであろう。
 「笑い」への貪欲さは、ライバルとして登場する「クロエ」の黒江兄弟にもいえるが、こちらは狂気的なものだ。笑いのスイッチがこわれた兄・ユキとそれを承知でネタを書かせる弟・ハル。弟の死に顔を想像して楽しくなる、など「クロエ」の漫才は最初理解ができないがじわじわ面白くなってくる麻薬的なやりとりとなっている。
 この二組の漫才コンビに共通するのが「目の前にいるひとを笑わせたい」という切実な思いだ。零は王串を、ユキはハルを笑わせたいと願う。王串にもそう思う相手がいる。それがいかに簡単なようにみえて難しいことなのか、お笑い芸人である彼らには痛いほど分かっているのだ。だから、必死なのだ。漫才のやりとりを読みながら、思わず自分は今何かに、あるいは誰かのために必死になっていただろうかと振り返ってしまう。同い年の自分は今どうしている? そんな自問自答をしてしまった。
 必死になっていた頃を青春と呼ぶのなら間違いなく本書は青春小説だ。思わず「やめてー」と逃げ去りたくなる何かを感じ、ページをめくる手が止まらない。読み終わったとき「もう少し必死になってみるかな」、そんな気になるのも青春小説の力であろう。







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