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評者◆秋竜山
笑い不幸な時代、の巻
No.3215 ・ 2015年07月18日




■外山滋比古『ユーモアのレッスン』(中公新書、本体七四〇円)。書店に並んでいた。初版は二〇〇三年、この本は二〇一四年の版。昔、一度買っている。そして、また買った。二度目だ。最初に買った本が家の中のどこかにもぐり込んでしまっている。この前、本ではなくケータイをどこかへやってしまった。家の中をさがしまわったが、見つからなかった。そして、気づいたことはそのケータイの電話番号に電話すればいいのだ、ということである。やってみたら、思いもよらないとんでもないところで、ケータイの音楽がなりだした。本はそーいうわけにはいかない。二度買いする気が起こるのも、さがすのがめんどくさいということであり、それが高額の本だったらできるわけがない。本というものは二度買いできる値段のものがちょうどよい。
 〈ユーモアについて書くのがたのしそうだと思ったのは錯覚であったことが、書きはじめてすぐわかった。おもしろそうに思えたのは、ひとごとだったからで、仕事となれば、話はまた別である。わかっていたように思ったユーモアはどこかへ姿を消してしまった。そのとらえどころのないことだ、まるで闇夜のコウモリよろしく、音はすれども姿は見えず、暗中模索、かろうじて、例話をならべることで、なんとか読みものにすることができた。ユーモアの本のあとがきに泣きごとをならべるのは野暮の骨頂、滑稽の極みであるが、不敏のいたすところ是非もない。〉(本書より)
 笑いというものは他人の不幸を笑うということで、笑いのすべてがそうであることがわかる。自分の不幸を笑うなどする人は、よっぽど頭がどうかしているだろう。正常な笑いではないはずだ。他人の不幸を笑うことこそ正常の笑いであり、笑いの本質であるだろう。よく、「さあ、みんなで笑いましょう」なんて、呼びかけたりするが、「さあ、みんなで他人の不幸を笑ってやりましょう」と、いうことである。テレビではお笑いに関する番組がモテモテのようだが、今の世の中はいかに他人の不幸を笑ってやろうかという、考えてみれば笑い不幸な時代かもしれない。本書の中で、この本を二度買いさせてしまった理由は、
 〈「うっかりして、一円のつもりで百円玉をおさいせんにあげてしまった。おしょうさん、お釣りをください」とおばあさんが庫裡の坊さんにたのむ。和尚はにこりともしないで、(略)〉(本書より)
 なんと、ぬけたおばあさんであることだ。だから笑える。ところが私は素直に笑えなかった。それなりの苦笑はしたけど。昔、私はこれとまったく似たことをしでかした。「赤い羽根共同募金をお願いいたします」と、街頭で若い娘さんが二人並んで立っていた。私は何も考えないで、ポケットの中にあるたった百円玉ぽっちりをその募金箱の中へ入れてしまった。赤い羽根が十円であったから、九十円のお釣りをもらおうと思っていたのである。入れると同時に気づいたことは、この場合、お釣りはもらえないということである。そのため食パンを買うこともできず、昼食はぬきだった。よく考えたら、明日はどうしたらよいのだろうか。そんなことも考えもしなかったのである。それが若さとはいいたくはないけれど……。







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