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評者◆山本浩貴
英国のブラック・アートにおける反レイシズム戦略の多様性――クローデット・ジョンソンとリネッテ・イアドム=ボアキエの作品を例に考える
No.3204 ・ 2015年04月25日




■前回に引き続き、英国の「ブラック・アーツ・ムーブメント」について論じる。本稿では、2人の黒人アーティストを取り上げ、その具体的な反レイシズム戦略について考察する。その一義的な狙いは、人種差別に抗するアートの役割をより仔細に検討することである。同時に、作家の個別性に目を向けることで、ブラック・アーツ・ムーブメントを包括的に論じた前回エッセイとのバランスを取るという記述戦略上の意図もある。本稿では、ブラック・アーツ・ムーブメントが特に盛んであった1980年代に活躍したクローデット・ジョンソンと2000年代後半に台頭した新進作家のリネッテ・イアドム=ボアキエの2人の作家を例に取る。彼女たちの作品は日本ではまだほとんど紹介されていない。ジョンソンとイアドム=ボアキエのレイシズムに抗するアートの戦略をそれぞれ検討し、レイシズムの問題に取り組むうえで視覚芸術が担いうる役割を前回よりも踏み込んだ仕方で提言する。
 クローデット・ジョンソンはマンチェスターで生まれ、1980年代前半にイングランド中部のウルヴァーハンプトンで美術教育を受けた。彼女は1980年代にロンドンで開催された2つの展覧会に参加している。ひとつは1983年にバタシー・アーツ・センターで行なわれたBlack Woman Time Now展であり、もうひとつは1986年にインスティテュート・オブ・コンテンポラリー・アーツ(ICA)で行なわれたThe Thin Black Line展である。ともに早い時期に英国黒人女性アーティストに焦点を当てた展覧会であり、歴史的にも重要な意義を有する。前回言及したソニア・ボイス同様、ジョンソンも黒人女性の表象を作品の主なモチーフとしてきた(http://theroomnexttomine.co.uk/projects/study‐days‐2013/a‐claudette‐johnson‐study‐day/)。彼女の代表作Trilogy(1983―86)は様々な黒人女性の姿を生き生きと描いた連作である。そのなかに現れる、暴力的なステレオタイプ化やカテゴリー化から切り離された(あるいはそれに抵抗する)多彩な黒人女性の身体は、鑑賞者の中にある本質主義(人種や国籍といったカテゴリーに、ある普遍的性質を付与すること)に視覚的に挑戦してくる。また、And I Have My Own Business(1982)は厚紙にオイルパステルを用いて大胆に描かれた大型の絵画であるが、そのスケール感は見る者を圧倒する。ジョンソンの絵画を特徴付けるこの威圧感にも似た存在感は、彼女がアートを通じて英国黒人女性という存在の不可視性(invisibility)や対象化(objectification)と格闘してきた痕跡でもある。また、英国に暮らす黒人女性という自身の経験から、彼女が極めて自覚的にジェンダーとエスニシティーという二重の抑圧構造の観点からレイシズムの問題に取り組んでいたことを見逃してはならない。英国黒人「女性」の受ける人種的な差別は英国黒人「男性」の経験とは異なり、英国「黒人」女性の受けるジェンダーに起因する抑圧は英国「白人」女性の経験とは異なると彼女は明確に述べている。日本における芸術や文化を媒介としたレイシズムへの取り組みも、人種や国籍のみならず、ジェンダーや社会階層あるいは経済的階級といった多様な視点から複合的になされることが期待される。
 2013年に、英国在住の現代アーティストに送られる最大の賞であるターナー賞に、ガーナの出自を持つ若手アーティスト、リネッテ・イアドム=ボアキエがノミネートされた(最終的に4人の中から映像作家のローラ・プロヴォストがターナー賞を受賞)。彼女も黒人のイメージを主なモチーフとして絵画を描く(http://www.jackshainman.com/artists/lynette‐yiadom‐boakye/)。しかし、ジョンソンや他の多くの黒人女性アーティストとは異なる彼女の作品の明確な特異性は、その絵画に現れる黒人のイメージが彼女の日常生活や自身の経験からではなく、歴史書などの様々な二次文献から採られているということである。Any Number of Preoccupation(2010)などの絵画における黒人のイメージやその背景は、その過剰な「暗さ」によって徴付けられる。その暗さはその黒人自身の目や歯、身につけている靴やシャツの「白さ」との対比によって初めて鑑賞者にとって認識可能となる。それは、黒人のイメージが白人によって操作され決定されてきたことのメタファーでもあるように思われる。イアドム=ボアキエは、アートの視覚的・感性的な力能を行使することによって、黒人の歴史的な表象の非人種的な再解釈の仕方を模索する。彼女の絵画は、未だに黒人のイメージが民族的そして文化的に周縁に位置付けられている現代の世界を根幹から、すなわち人々の認識のレベルから再構築しようと試みる。彼女の作品のアート界における認知と成功は、レイシズムへの取り組みにおいてアートが担うことのできる役割や行使することのできる戦略がかくも多様であることを見事に証明している。
 言語のように論理によって対象をはっきりと指し示す明晰さの代わりに、アートはそれを見る者の感性に特異な仕方で訴える力能を獲得する。アートのその感性的な力は、社会がその秩序らしきものを維持するために(多くはマイノリティである)「他者」を抑圧することで形成している「コンセンサス」や「コモン・センス」に挑戦する。それによって、その感性的な力はむしろ「ディッセンサス(意見や見解の不一致)」を創出し、隠された社会=政治的な問題を暴き出す。換言すれば、アートは、周縁化された者たちの排除のもとで奏でられる「ハーモニー」を、さまざまな声たちから構成される「ポリフォニー」(ときには不協和音)へと調律(チューニング)するのである。
(ロンドン芸術大学CCW大学院博士課程/トランスナショナル・アート研究所[TrAIN])







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