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評者◆山本浩貴
レイシズムに抗するアート――1980年代イギリスにおける「ブラック・アーツ・ムーブメント」から反人種差別運動におけるアートの役割について考える
No.3204 ・ 2015年04月25日




■本稿では「アート」という視点から反レイシズムについて考えてみたい。法整備の進展や市民レベルの議論の成熟度などの点で、日本における反レイシズムの動きは欧米諸国に大きく遅れを取っている。エリック・ブライシュのThe Freedom to Be Racist?: How the United States and Europe Struggle to Preserve Freedom and Combat Racism(2011)は、欧米諸国の豊富な事例研究に基づき、反レイシズム政策における自由と規制のジレンマを巡る各国の対応の違いを論じている。欧米諸国の反レイシズムにおける成熟は、長い時間をかけてこのジレンマと真摯に向き合ってきた結果である。
 そして、欧米諸国における反レイシズム政策の成熟の過程において、アートが果たしてきた役割は小さいものではなかった。レイシズムに対する規制が各々の国で異なっていたように、アートにおける反レイシズム運動も各々の国において独自の発展を見せた。ここでは、「ブラック・アーツ・ムーブメント」と呼ばれる、1980年代イギリスにおけるアートの運動を取り上げる。かつて広大な植民地帝国を形成していたイギリスは、旧植民地からの移民にまつわるポスト植民地的な問題を抱えてきた。従って、この運動を現代日本の文脈から再検討することで、とりわけ在日コリアンにまつわる切迫する問題に直面している日本に対して有益な示唆や新しい視座が得られると期待する。
 ブラック・アーツ・ムーブメントの主要な担い手は、旧植民地の民族的出自を持つ黒人アーティストたちであった。その背景には、経済停滞に起因する1970年代の極右勢力(ブリティッシュ・ナショナル・フロントなど)の台頭により、英国在住の黒人たちが激しい差別を受けるようになったことがある。共に大英帝国の植民地であったバルバドス出身の母とガイアナ出身の父を持つソニア・ボイスは、英国を代表する女性アーティストのひとりであり、ブラック・アーツ・ムーブメントの代表的担い手のひとりであった(ちなみに彼女は私の指導教官のひとりでもある)。白人社会における黒人女性という彼女自身の(エスニシティーとジェンダーという)二重の抑圧の経験の中から生まれた彼女のアート作品は、戦後のイギリスにおける所属やアイデンティティにまつわる様々な矛盾に光を当てた。彼女はしばしば自身をモデルとして絵画やコラージュの中に登場させる(http://www.tate.org.uk/art/artworks/boyce‐from‐tarzan‐to‐rambo‐english‐born‐native‐considers‐her‐relation ship‐to‐the‐t05021)。そこに現れるステレオタイプ的ともいえる黒人女性の表象には、表象されないものへの暴力を告発するための一時的な戦略である「戦略的本質主義」(スピヴァク)を読むことができる。他にも、キース・パイパー、ルバイナ・ヒミッド、ドナルド・ロドニーといったアーティストがレイシズムの問題に取り組んだ。
 ブラック・アーツ・ムーブメントの重要な成果のひとつは、マルチカルチュラリズムの精神をアートに持ち込むことに成功したことである。レイシズムや人種的不平等の問題をテーマにした展覧会は、多くの人々にこれらの問題について考えることを促し、人種・民族的な「他者」に関わるポスト植民地的な問題を、より開かれた議論の俎上に載せた。その到達点のひとつが、1989年にロンドンのコンテンポラリー・アートの美術館であるヘイワード・ギャラリーで開催されたThe Other Story: Afro‐Asian Artist in Post‐war Britainという展覧会である。この展覧会のキュレーターであり、参加アーティストでもあったラシード・アリーンは、この運動を積極的に理論化し、自らアカデミックな領域(特にカルチュラル・スタディーズ)との接点となったという意味で、この上なく重要な人物である。彼が創刊したThird Text誌は今日でも非西欧のアートを研究する上で不可欠の文献であり、そこにはスチュワート・ホールやポール・ギルロイといった著名な研究者がブラック・アーツ・ムーブメントに関する論考を寄稿した。
 この運動の見逃されがちなもうひとつの重要な貢献は、クリス・オフィリ(イギリス在住のアーティストに贈られる最大の賞であるターナー賞を1998年に受賞)やスティーヴ・マックイーン(『それでも夜は明ける』でアカデミー賞作品賞を2014年に受賞)といった現在国際的に活躍する黒人アーティストたちが出現する素地を準備したことである。彼らの活躍は、イギリス社会における黒人アーティストのプレゼンスをさらに高めてきた。
 ブライシュも指摘するように、レイシズムに抗する闘いは、各国の多様な文脈に注意を払いつつ、慎重に練り上げられていくべきものである。その意味では、時代も場所も異なるブラック・アーツ・ムーブメントと日本の事例との単純な比較やその応用は、日本のレイシズムに固有の構造的特殊性を見落とす危険性があるということに私たちは十分に自覚的でなくてはならない。しかしながら、アートの視覚的・表象的な力によって、レイシズムに抵抗しようと試みた黒人アーティストたちの戦略は、いまなおその有効性を失っていない。日本では「美学」と翻訳される「aesthetics」という言葉が本来は「感性の学」という含意を持つように、この表象の力は人々の感覚に特異な仕方で訴えかけることができる。ブラック・アーツ・ムーブメントの事例が示すように、アートはレイシズムとの闘いにおいて、その時代の社会に生きる人々にそれらの問題に対する別の感じ方や気付きを与え、生産的な議論のための社会的に包摂されたプラットフォームを提供する役割を担いうるのである。
(ロンドン芸術大学CCW大学院博士課程/トランスナショナル・アート研究所[TrAIN])
(※2015年5月9日号=3206号につづく)







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