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評者◆山田創平
世界と人間の複雑さ、友情についての覚書――私が「カウンター」に参加する理由
No.3202 ・ 2015年04月11日




■私はこれまでHIV/AIDSや性的少数者の人権をテーマとした市民運動に関わってきた。最初にボランティアに参加したのが21歳の時だったので、かれこれ20年近くこれらのテーマについて考え、行動してきたことになる。現在は大学で働いているが、その前数年間はゲイ・バイセクシュアル男性向けにエイズ予防の情報提供や相談事業を提供するNGOで専従職員をやっていた。大阪梅田の繁華街に事務所があり、夕方から深夜にかけてフリーペーパーを作ったり、さまざまな課題をかかえてやってくる人々の相談にのったりした。そんな日々が4年間続いた。相談者の中にはHIV陽性の人もいれば、アディクション(依存)に悩む人、就職差別や借金に悩む人まで、さまざまな人がいた。相談は勤務時間外に及ぶことも多くあり、深夜や明け方に突然連絡がきて、病院や警察署に付き添うこともあった。そんな日々が続いたある日、こんな指摘を受けた。「あなたは間違っている。プロの相談員は、決められた勤務時間の中で効率的に、最低限必要な対応を心がけるものだ。あなたはクライアントに関わりすぎている」。それはもっともな指摘だった。私のやり方に持続可能性はないし、もっとシステムや合理性を考えるべきだと言われれば、確かにその通り。でも目の前には支援を求める人がいる。数年後、別のNGOで働いている私の大先輩にあたる方にこの話をした時、その人は大笑いをしてこう言った。「目の前に困っている人がいるんでしょう? だったら行動するしかないじゃないですか。なりふり構わずやってみるしかないよ。理屈やマニュアルは後からついてくるから大丈夫」。まずは行動しよう。それは世の中のためにではなく、目の前のその人のためでいいのだと思う。そのことの意味はきっとあとからわかってくる。
 排外主義的な街宣活動に反対の意志を示す「カウンター」に私が参加するようになった理由は、友人を支援したいと思ったからである。今まさに差別にさらされている友人、その差別に抗しようとする友人を、勇気づけたいと思ったからである。在日コリアンや外国籍の友人が心配だし、さらに近ごろ排外主義者は性的少数者に対するヘイトスピーチを繰り返しているから、それらの発言に傷つく当事者や友人も心配だ。それにしても排外主義者の言葉はことごとく曖昧で状況的で根拠がなく、掲げられている旗や幟の類も「三葉葵」から「自衛隊旗」まで入り乱れ意味をなしていない。このような無意味で単純な妄想によって、なぜ私や私の友人が傷つけられなければならないのだろうか。だがこの「無意味さ」や「単純さ」は、差別やそれに対抗する方法を考える上で実は重要かもしれない。
 人を単純化し、その単純さゆえの無意味さと妄想によって差別は引き起こされる。レイシズムやヘイトスピーチは、世界や人間がもつ「複雑さ」というかけがえのない豊かさに対する、不遜な挑戦であると思う。最近つくづく思うのは、ネット空間の情報の少なさである。インターネット上でさまざまな情報にふれていると、いろいろなことを知った気になる。でも実のところ、実際に人と会うほうが情報量ははるかに多い。表情や仕草、血色、目の動き、雰囲気、微妙な言葉の抑揚や間、体温……。人が帯びる情報は膨大で、それはインターネットの比ではない。ネット上でやりとりをしていてすぐに炎上したり荒れたりするのは、実質的な情報量が少ないからである。親しい人の間でもメールや掲示板でやり取りをすると思いがけず気まずくなったりすることもある。私は連絡を取る時、実際に会えればそれに越したことはないが、時間が許せば手書きの手紙を用いるようにしている。それは筆跡という複雑さによって情報が増えるからだ。しかしネトウヨとはよく言ったものだ。排外的な妄想は、今日サイバー空間で醸成される。そこで構築される世界認識や人間観は限られた根拠のない情報に基づく空想の産物であり、いわば妄想だが、そのようないい加減で軽薄な意識が矛盾なく構築できるのは、そもそもサイバー空間に情報が少ないからである。だからネット上では「大和民族」なる荒唐無稽なアイデンティティがもっともらしく表明されたりする。
 差別に抗するために今必要なことは、世界や人間の「複雑さ」を見つめる努力を怠らないことではないか。そのためにすべきことは、私は「面と向かって人と会う」ことだと思う。ありありと体温をもって感じるその人の存在そのものと、全面的に向き合うことだと思う。友人が困難に直面している時、何とかして力になりたいと思うのは、そこにいるその人が、リアルな「人」だからだ。その人の属性(国籍とかジェンダーとか職業とか)は、一緒にいるとやがて後景に退いてゆく。それらの属性やアイデンティティが剥がれ落ちた後に在る、リアルなその人そのもの。ありありと体温をもって感じるその人の存在そのもの。いわば属性のような単純化された差異をはるかに超えた、計量不可能なほどに複雑で、唯一無二のその人の豊かさが、私自身の内なる複雑さと呼応するから、友人の痛みが私自身の痛みになるのである。
 だからこれからも私は、現場に立ちたいと思っている。
(京都精華大学)







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