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評者◆清都正明(名古屋大学出版会)
戦時の熱狂的〈声〉
声の祝祭――日本近代詩と戦争
坪井秀人
No.3200 ・ 2015年03月28日




■数多くの尊い命が犠牲となった戦争が終結してから70年。時代の流れと共に風化・再生産されていく記憶。記録媒体としての書物の存在が今こそ試されるところと思うが、それも消費社会と無縁ではいられない。史実と社会と心の境界でことばは常に揺れている。詩のことばはどうだろう。それは本来個人的言語の究極的形態である。だからこそそれが書かれた詩・詩集として成立した時、日常的な意味の文体から解放され、世界をただなぞるのではない、制度化も歴史化もしえない全き自由なことばが到来する可能性。そしてそれが一人の他者のこころに受け渡された時、ことばが生きはじめ、私たちは詩の存在理由を見出すのかもしれない。
 本書は副題に「日本近代詩と戦争」とあるように、明治期の言文一致を端緒とし、戦争詩を最たる典型として「歌われてきた」〈声としての詩〉が、〈テクストとしての詩〉を凌駕してきた歴史の記録。
 ご存知の通り戦時中の1942年、国策の周知徹底・宣伝普及を目的に文学者の一元的組織「日本文学報国会」が誕生。当時の詩人たちのほとんどがこの組織に所属し、「辻詩集」「大東亜」などに代表される戦争協力詩が大量に生み出されていた。「個人」を基点として作詩されてきた日本近代詩が国民感情や共同体を代弁するかのように愛国詩を謳い、「鼓舞・号令」文体が戦時下において〈大詔〉の主体である天皇=神を体現していたラジオを通じて朗読されていた。専門詩人のみならず銃後のアマチュア作者たちも国家のための勤労を謳う「職場詩集」、皇国農土に愛敬尊崇の精神を示す「農土日本詩集」、先の「辻詩集」には30名程の女性詩人が母性の賛美ないし公序良俗の担い手として登場した。如何にこれらの有名・無名を問わず多くのことばの担い手たちが〈国民詩人〉という主導者に転向することが、国策に於いて効果的なメディア戦略であったことか。
 本書は戦争詩を例外的な表現の結果と見なすのではなく、その前史からの捻れた連続線を精緻な資料走査とともに辿っていく。テクストを作者・読者から独立したものと見なすモダニズムの時代から戦争詩の時代に至ると、文学・詩が〈国民文学〉、〈国民詩〉という概念に回収され、テクストの特権的地位が凋落する。その同時代に台頭してきたラジオ放送という新興メディアが、モダニズムの〈視覚主義〉から戦争詩の〈聴覚主義〉へのスライドの中で重要な役割を果たしていく。「声の祝祭」とはこの日本近代詩の表現史的転回を象徴するタイトルであろう。詩の表現史における「声」とエクリチュールの相克を描き出そうとする本書のテーマに、私はそのまま現在の活字文化を背景にSNS上で展開・交換されるインタラクティブな詩の身体性を想起してしまうが、活字世界の閉塞と公共的世界からの孤立が音声への傾斜として現れてきた歴史性の真偽と、「戦後」と呼ばれる相互理解・他者性の時代にあって詩や小説のことばが如何様に消費されない肉体を持ちうるのか。また戦後の荒地派が批判した戦中詩史の〈空白〉を眺めながら、現在戦争に於ける詩を再考するための資料として、類を見ない稀有の書だ。加えて、戦時下にラジオ放送された代表的戦争詩を収録した付録CDは本書を一層際立たせるものである。







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