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評者◆伊藤稔(紀伊國屋書店新宿本店、東京都新宿区)
かつて、そこに魂があった──迫川尚子著『新宿ダンボール村──迫川尚子写真集 1996‐1998』(本体2000円・発行:DU BOOKS/発売:ディスクユニオン)
No.3118 ・ 2013年07月13日




 カメラを向けられると人は笑顔になることが多い。なぜだろう。どんなにつらいときにもなぜか笑顔になるようである。そういえば中村哲さんが著書の中でアフガニスタンの子どもを撮った写真をさして、こんなことを言っていた。「(略)『いのちの基金』の募金者に強い印象を与えようと思って、われわれは、あざとくも悲惨な写真を撮ろうと考えたのです(笑)。ところが、そういう写真はなかなか撮れないんですね。子供たちはみな、ニコニコしている。これは私が昔から感じていることで、悲惨な状況にある者、貧しい中にある者のほうが、明るい顔をしているのです」『中村哲さん講演録 平和の井戸を掘る アフガニスタンからの報告』(ピースウォーク京都)。
 「写真に撮られると魂が抜ける」といった話は昔からあったが、なぜそう言われるようになったのか。迷信と言ってしまえばそれまでである。しかし諸説色々あるだろうが勝手に想像してみた。あくまでも個人的に。それはそこに在るということを主張している瞬間(時間)を切り取るからなのではないか。そしてだからこそ我々は笑顔になり、そこに在ること=生きることを主張してしまうのではないか。笑顔は自分が生きていることの主張であり、自分の表現することができる素敵な顔なのである。あるいはそこに死者が横たわっている写真もあるだろう。それはその時間にそこに在ることを死者が語ろうとするのである。いつかその場所からはなくなるかもしれないが、そこに在ったことを語るのである。そして撮られる側がそこに在ることを語ることで、魂を主張する。だからこそ魂が切り取られ抜かれる。そして撮る方も魂を賭してその写真を撮るということを行っているのではないか。写真を撮ることにはそんな意味があるのかもしれない。だからこそ写真を見つめることは魂に触れるということに繋がるように思う。
 新宿段ボール村は新宿駅西口にかつて路上生活者が作り上げたコミュニティである。その様子を新宿のビアカフェ「ベルク」の副店長で写真家の迫川尚子さんが撮影されたのが本書である。あとがきの中で迫川さんは写真の撮影や現像を「ライフワーク(命がけ?)」と表現する。彼女にとってもそれはやはり魂を賭した営みなのだろう。
 写真は一九九六年から一九九八年まで在った段ボール村の暮らしを写している。そのひと、その生活、そして火事が起きてなくなっていく様を。私たちは写真の表情を見て何を感じるのだろう。顔、場所、空気。誇り、怒り、ほほえましさ、かなしみ、たくましさ、苦しみ。
 かつてそこに在ったものを見つめること。そして今はそこにはないものを見つめること。それはその場に在った魂に触れることなのである。そしてそれは魂に触れられていることなのである。本書を見つめて色々なことを感じて欲しい。そして自分の心の中にそれをしっとりと繋ぎとめておいてほしい。かつて新宿には段ボール村があったことを。そして今でも変わらずに路上生活をしている人がいることを。私たちに何ができるかはわからない。だがそこに在った魂を忘れてはいけないし、本書を通して忘れられなくなるように思うのだ。






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