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評者◆三上 治
続・『共同幻想論』の背景──「近代的意識」について
No.3113 ・ 2013年06月08日




(8)吉本が提起した二つの重要な視座

 安保闘争後に憲法改正をめぐる議論がでてきた。戦後、政府や権力の方から憲法改正は提起され、その都度潰えていったという過程を繰り返してきたが、安保問題の後は憲法であるという気運があった。『共同幻想論』の背景としてこれを述べておきたい。自民党が保守合同の結果として成立し、いわゆる55年体制ができあがる中で掲げたのは日本国憲法(戦後憲法)の改正であり、自主憲法制定であった。アメリカ占領軍による強制として現憲法は成立し、その制定過程に重要な瑕疵があり、国家主権の侵害の上に成立しているもので、中心的条項は日本の交戦権を禁じた憲法第9条である。これは日本の保守政権が繰り返し主張してきたことであり、現在の安倍政権もその流れの中にある。
 日米安保条約の改定を進めた岸信介(安倍晋三の祖父)はその次として憲法の改定を構想していた。そのための準備として憲法調査会(1956年に内閣に設置され、2007年に廃止)をつくっていた。この憲法調査会の答申が行われる段階にあり、そのための公聴会が全国で開かれていた。安保条約の改定が成功裡に終わっていたら岸はこれを背後に持って憲法改正に動きだすはずだった。しかし、安保闘争後に成立した池田内閣は軽武装経済重視という吉田茂の路線に帰り憲法改正には手をつけないと宣言した。池田内閣が憲法改正の動きを封印したから、憲法調査会の答申は岸の遺産のようなものとして宙に浮いた存在に過ぎなかったが、当時、僕らはこの公聴会の阻止闘争をやっていた。憲法問題への関心は高まっていた。このころ、吉本隆明は僕らと話の中でいくつものことを提起していた。
 一つは日本国家の多頭的な構造という視座である。近代の国家は宗教―法―政治国家という歴史的な流れの中にあるものとして理解されている。だが、日本では国家は宗教国家、法的国家、政治的国家、社会的国家(経済的国家)というように多頭的にあるもので、近代西欧の国家の歴史段階をそのまま適応してもうまくつかめないということである。現在の言い方に直せば、重層的にとらえなければ、その構造はつかまえられないということである。これは現在でも日本の国家を考える上で参考になるものだと思う。
 もう一つは戦前の右翼と言われた北一輝などの言動に注目を促したことである。北一輝を日本型社会主義者のたどり着いた果てとして見ることを示唆したのである。ナショナリズムの検討などとともに出されたものだ。僕らの視野の圏外にあったと言える北一輝などの存在に目を開かされた。左翼の周辺で従来の左翼史観では無視されていた戦前の右翼の言動を歴史的に検討する作業が行われるようになった端緒はここにあった。松本健一や渡辺京二などの仕事にも影響を与えたのだと思う。

(9)意外と難しい方法の問題

 国家暴力装置論というレーニンの国家論の影響はまだ強かったけれど、それへの疑念はそれなりに浸透していた。だが、僕らの対象とする国家はどういう構造で、その変革としてどういうイメージが描き得るのか、あやふやなままにとどまっていたというのが正直なところであろうか。議会を中心にして国家の動きがあり、その中での民主的革命と国家の改革というイメージがあったが、これについては信を置けなかった。他方で暴力革命を通してプロレタリア独裁国家を実現するというのも空想的に思えた。左翼の歴史の中で提起された国家論ではコンミューン型国家というのは現在まで関心が続いてあるが、それ以外は歴史的にも消えていくものと言える。
 『共同幻想論』の背景について一つだけ付け加えれば、マルクスの初期の国家に関する考察(『ユダヤ人問題について』や『ヘーゲル法哲学批判序説』)は結構読まれていた。ただ、この考察を現在に結びつけるには媒介が必要で、それに『共同幻想論』が機能することが期待されていた。『共同幻想論』が読まれる以前に反発されたのは幻想概念を本質に据えたことにある。
 だが、それ以上に近代的意識自体が読み込むことを拒んでいた要素があると言える。ここが非常に重要なところであるように思える。『共同幻想論』は序文で方法の問題が書かれているがそこにこういう一節がある。
 「ここで共同幻想というのは、おおざっぱにいえば個体としての人間の心的な世界と心的な世界以外が作り出した観念世界を意味している。いいかえれば人間が個体としてではなく、なんらかの共同性としてこの世界に関係する観念のあり方をさしている」(『共同幻想論』吉本隆明)
 格別に難しいことが言われているのではない。普通に読めば意味のとれる文章である。しかし、これを正確に理解しようとすると易しくはない。個体としての人間の心的な世界とそれ以外の観念世界というのを正確に読み込むことは難しいのである。これは吉本の幻想の構造を共同幻想・対幻想・自己幻想に層として分けるという考え方にも言えることである。さらには共同幻想と自己幻想の逆立論の理解にも関わる。僕らは自己の存在の内部にある意識を自己意識という。これには共同意識も対の意識も、自己(個体)の意識もすべて含まれている。ここで言う意識は幻想という言葉と同じである。自己の生理的身体とともに生まれるもう一つの意識的身体(精神の身体)は自己意識としてある。自己の生理的身体が消滅すれば意識的身体も消滅し、それで世界は終わるのならば、すべては自己意識の内にあると言える。だが、この自己意識は自己の内で生成したものであるにしても、自己身体(個体)に対する意識として生成されたものではない。これは自己身体の外にあって存在している意識(幻想)、類や歴史としてあるものを自己の意識として取り込んだものであり、自己の意識として生成したものである。これは父親や母親に刷りこまれたものでも、時代や社会によってもたらされたものとも考えてもいいのだが、個体としての身体の成熟や経験から生成していくものではない。人間が作り出した意識(観念)は自己意識になって自己存在になるのだけれど、その生成は個体意識の成熟というようなものではない。近代意識としての自己意識はほぼ個体意識と同じように考えられており、個体としての人間の心的な世界が作り出した以外の観念世界というのは理解が難しいのである。
(評論家)
(つづく)







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