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評者◆内堀弘
夢の跡──「薔薇十字社」から四十年
No.3113 ・ 2013年06月08日




某月某日。『薔薇十字社とその軌跡』(内藤三津子・論創社)を読んでいると、まるで活劇のようだった。一九七〇年を前後して、いくつものリトルプレスが登場し、数年の後には潰えていく。私が神保町の古本屋の店員になったのが七十年代の後半で、その頃にはこうした出版物が、いわゆるゾッキ本として積み上がっていた。
 薔薇十字社の『定本三島由紀夫書誌』(昭47)には総革装の特製四十五部版があって、これは古書価も高かった。内藤三津子の回想によれば、書誌を作らせてもらいたいと打診したのは自決の一ヶ月前。三島はこの小さな出版社の申し出を快諾する。
 書誌の作成には島崎博があたった。彼は後に雑誌『幻影城』の発行で知られるが、突然母国台湾へ帰国する。謎多い、すこぶるの古書マニアだった。島崎は、落合の老舗古書店・文学堂のバイトで知りあった東原武文の紹介で薔薇十字社に現れたという。三島の自決後もこの企画は進んだ。
 三島家は書斎への出入りに厳しく、薔薇十字社の若い編集者だった川口秀彦は立ち入りを許されなかった。このとき、三島家側の対応にたったのが、浪漫劇場の演出家・和久田誠男だった。あれから四十年が過ぎた。
 一九七〇年、東原武文は扶桑書房を起こした。今も近代文学書では図抜けた蒐書力を持つ古書店だ。川口秀彦は薔薇十字社の倒産後(昭48)、書店員を経て、七十年代が終わると古書りぶる・りべろを開業。現在も神保町で営業している。和久田誠男は劇団を辞めた。経理畑の仕事を勤めたが、後に大森山王に天誠書林を開く。そして昨年二月に亡くなるまで古本屋を続けた。和久田は五反田の古書展に参加していた。その出品目録の巻頭に、同じ古書展のメンバーで元薔薇十字社の川口が追悼を書いた。
 この五月の日曜の午後、東京古書会館の地下ホールで「薔薇十字社外伝」という小さなトークイベントが開かれた。七十年、まだ高校生だった私が、川口に当時の話を訊いた。客席には東原の姿もあり、当時のエピソードを語ってくれた。和久田誠男が健在であったら、いっそう愉快な交差が叶ったのだろう。古本屋とは、本ばかりでなく、時代の気配もこんなに遺しているものかと、私はつくづく思った。
 そういえば、今年七十五歳で芥川賞を受賞した黒田夏子がこの『定本三島由紀夫書誌』を校正している。まだ三十代の若い校正者だった。
(古書店主)







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