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評者◆澤村修治
そして、なぜ「原則」を語らないのか(下)
No.3091 ・ 2012年12月22日





 未来の方向性それ自体に踏み込まない保守の根拠は、いわゆる設計主義的合理主義批判にある。人間は誤るものであり、その知見には限りがあり、また人間は「悪」であって調和的な行動を取るとは限らない。行動が破調になることは珍しくない。そうしたなか、いくら「合理的」に考え、最善と判断しても、それは結果として厄災をもたらすことがありうる。社会主義の実験がそうであったではないか、と。一方、過去から続き歴史のなかで残ってきたものは、時間によって精査された、よりましなものだ、と保守思想はみる。相対的に安定し、信頼できるものであり、人間に馴染む「何か」を持っている。保守はそう考え、過去からの知識や見識の堆積のほうを重視して、未来への方向性といった考えには疑念を示すわけだ。設計主義的合理主義は新たな方向性の構築に主として用いられるがゆえに、やり玉にあげられる。
 しかし、およそ人間社会の運動性のなかで、設計主義的合理主義は、問題解決の手段としてなくてはならないものではないか。保守にしても、昨今の天皇制における女帝論議は、新たなルールを構築するわけで、一種の設計主義的合理主義であろう。おそらく過去の天皇の制においても、その時代ごとに設計主義的かつ合理的に制度を修正していったはずである。つまり、設計主義的合理主義は、当代における問題解決に直面したときは、進歩、保守を問わず、だれもが行なわなくてはならない手段であって、それ自体が悪いという見方は奇妙なものである。
 時間の精査によって得られた識見だけでは解決できない事態に直面するのは、人間社会につきものである。そのとき、どうするのか。いかに歴史の叡智をふまえていたとしても(ふまえないものなどあり得ない)、「新しい」事態に対して具体的に解決を図ろうとするのは、程度の差こそあれ洗練された設計主義的技術であり、合理主義的な方法である。それによって未知・不分明の世界に乗り出す。そこには勿論、陥穽がある。それでも何らかの変化対応を試みるのが、人間のごく健全な営みではないか。変化なきサル社会に戻るのなら別だが、人間社会に設計主義的合理主義はつきものなのである。結局は、設計主義的合理主義に、考え抜かれた良質なものと、「弱い頭」で考えた一面的で雑なものがあるに過ぎない。あるいは、検証修正手続きの賢愚があるにすぎないのである。
 俗流保守はさておき、ほんとうの保守にしても、設計主義的合理主義批判を厳密に適応しようとするあまり、方向性bを自ら禁じている面はありうると思う。その結果、〈速度〉にしか影響を及ぼさなくなり、「敗者」になるのが必然ならば、自己禁忌はもはや意味がないと考える必要が、いま保守思想の側に生じている。体系化を拒み、未来の方向性を拒むのが保守だといわれるが、自身の拠って立つものを「思想」だというのなら、bを構築する、少なくとも構築する意志を持つことは、現今の思想的貧困に対する、きわめて賢明な態度であるはずだ。閉鎖感に満ち、うっとうしさが立ちこめる現代日本において、何よりまず「思想」が復権してこなければならない。そのとき、保守思想の方向性bがより明示的であることは、わが国の思想界が健全化するきっかけをつくるはずである。
(了)
(評論家・評伝作家)







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