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評者◆田口幹人(さわや書店フェザン店、岩手県盛岡市)
穂高明著『これからの誕生日』(本体1500円・双葉社)
No.3068 ・ 2012年06月30日




 連日、目を覆いたくなるような悲惨な痛ましい事故のニュースをTVや新聞で目にする。その時の当事者の心境や状況を想像し、心を痛めたり憤る人は多いだろう。しかし、数日が過ぎ、TVや新聞から事故の続報が聞こえてこなくなった後の当事者たちの苦悩や憎悪を想像し、思いを馳せ続ける方がどれだけいるだろうか。
 本書は、演劇の大会に向けての合宿の帰りにバスの事故に遭い、たった一人生き残った高校生・千春の苦しみが、弟、叔母、被害者の母親、担任の教師、地元紙の新聞記者、そしてケーキ屋の六人の他者の心情を通じて描かれている。生き残ってしまった千春の罪悪感と遺族や友人の胸に湧き出る憎悪と妬みが縦の軸に、千春を取り巻く者達が抱える過去を横の軸に。周囲の人々が、彼女に向ける同情や善意、そして悪意と興味本位の言葉。言葉は、時に意図しない受け取られ方をする。良かれと思い発した言葉が、人を傷つけることがある。発した者以上に、受け取った者の印象が、その言葉の意味として残ることが多い。お祝いの言葉が妬みに、励ましの言葉が憎悪に。「言葉」というものの怖さだろうと思う。「どうして、自分だけが生き残ってしまったのか」。自分を責めることで負う深い深い心の傷。その痛みを抱えて過ごす日々が続く。少しずつ千春を取り巻く者達の過去が明かされてゆき、痛みを共有することで「これから」を見据える。
 昨年の六月、本書を読んだ時、どうしてもおすすめすることが出来なかった。東日本大震災、あまりに多くの当事者がいた。生き残った多くの方々が、自分を責め、自分が生きている意味を考えた一年だった気がする。被災地では特に。当事者でない者にとって、一つの事故や事件は、次々と起こる新しい出来事に覆い隠され消費されてゆく。しかし、当事者達の苦しみは果てしなく続く。当事者ではない私たちが出来ることは何だろうか? それは、見守り続ける覚悟をすることなのではないだろうか。最後の「十八本のロウソク」というケーキ屋の主人の物語に、その想いを読むことが出来る。ケーキ屋の主人は話す。「お客のために毎年決まった日にケーキを焼くのが生き甲斐。誕生日ケーキは、毎年ひとつひとつ歳を積み重ねてゆくことの証明みたいなものだから。ひとつひとつのケーキを焼きながら、また一年経つんだね、と嬉しくなる」と。生まれ変わることは出来ないかもしれない。しかし再びやり直すことは出来る。どんな苦しみを抱えていても、毎年誕生日はやってくるのだから。
 誰かが手を差し伸べてくれることが救いとなり、そして誰かに見守っていてもらえることが、一歩を踏み出す勇気の糧になるのかもしれない。私は、何も出来ないけど「これから」をずっと見守っていこうと思う。そんな想いを抱かせてくれた切なくも優しい人間の物語だった。あの震災から一年が過ぎた今こそ、「これからの誕生日」という物語が必要な時だと思う。
非当事者が出来ることは何だろう?







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