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評者◆小野沢稔彦
奇妙に、確実に歪んでいるこの世界を表象する――山田雅史監督『天使突抜六丁目』
No.3039 ・ 2011年11月26日




 今、この世界が奇妙に、そして確実に歪んでいることを『天使突抜六丁目』は全的に告知する。このことは、全世界で噴き上がる多様な〈反乱〉と確実に繋がっている。関西から現われた若い監督・山田雅史は、批判的にこの世界を視ることの力を持った、そしてそのことを的確に映像化できる優れた資質を持った新人である。私は、まずこの若い監督の登場を喜びたいと思う。
 そして、この監督を発見し育てた製作者・志摩敏樹の映画にかける想いに深く共感する。志摩は、現在の日本映画の現状への危機意識とそれを突破しようとする強い意志とによって、この映画を成立させたのだろうが、一見地味な――思いつきだけの安易な映像に傾斜しがちな近頃の風潮の中で、この映画はそうした今風映像ではない――この映画は、そうした製作者の想いと現実を視つめる現場の〈眼〉とがコラボレートして、紛れもなく注目に値する今日の情況に抗する優れた映画となった(映画であることは、今日重要なことである)。
 さて映画だ。『天使突抜六丁目』の裡では、世界のあり様の全てが――特に関係の細部において――崩れ、私たちが自明のものとしてきた眼前の光景が歪み、そこに生息する人間存在(まさに生息する!)そのものが変容し、その全体的歪みの中で、どこか正常ではない関係性が露出する――当たり前と思われていた関係性が溶け出している。同一性を前提とする存在性は壊れ、そこに生息する人間は少しずつ歪んでいく。彼らは日常性からズレ、ネジがゆるみ、その構成する共同体はどこか狂っており、もの悲しい。この映画の産み出す歪みは、紛れもなく私たちが生きるこの世界の現実を批判的に採り出し、デフォルメし、表象した歪像なのだ。だから現実のロケーションは、現実でありながら現実の街とは別の、現実と幻影とのあわいに揺れる異質な街となって現前する。観る者の固定的な風景像を異化し、風景の裡に親和性を望む、この世界への私たちの同一性を拒否し、モノ化したSF的な光景が映画全体を覆う。
 私たちが、こうあるものと思っている、これまで映像が作為し続けてきた「京都」の像を徹底的に解体し、そうした風景への親和性を拒否することによって、そこに前提的に成立していた自明の関係性が解体され、むき出しの敵対的関係性が露出する。ここでは、風景は〈敵〉である以上に、まったく別なモノとなってSF的世界を構成し、そこに生きる総ての人間はモノ化し、そのモノ的人間にとって風景は更に別の世界となって対立的に屹立している。人間は歪み、世界は他者となって関係性の一切は断絶している。
 こうして『天使突抜六丁目』は、私たちが今日、至る所で感得するこの世界の歪みと関係性の断絶とを、映画によってしかできない形で的確に表象する。その限りで私はこの映画の出現を大いに評価する。しかしなぜか、作り手は安易な救いを求めて〈天使〉を造形しようとする。あらかじめ破れるしかない夢を天使の裡に見出そうとする――世界が歪んでいる時、天使だけが歪まないはずはない。天使を待望するこの旧い、使いふるされた物語のパターンは、よくある映画へとこの映画を導く。勿論、この天使への夢想は破産で終わるのだけれど、モノ的世界を造形しながら、天使を待望するヤワな物語へと方向を変えることによっては――旧い物語に寄り掛かっては何も出来ない――、この世界を批判的に再提出する方法を放棄したことになる。必要なのは、このモノ化した世界と切り結ぶ〈堕天使〉の創出なのだ。モノ的世界の先に何を視るのか。
 もう一点だけ、彼らの次の制作のために書いておこう。細部への演出力の欠如、配慮のなさは、このモノ的世界の造形を決定的なところで溶けさせつまらない映画としてしまいかねないことを指摘しておこう。例えば刑事たち。せっかく「犯罪友の会」の快優デカルコ・マリィを使いながら、そこにいたのは只のパターン化された(日常的に再生産される刑事像)刑事でしかなく、これでは世界総体が歪んではいないことになり、結局見なれた風景が映画を覆ってしまうことになる。むき出しのモノ化した世界を――細部への演出は重要であり、映画はその積み重ねの上に成立する。
 とはいえ、志摩敏樹の映画への危機感の下、成立した『天使突抜六丁目』には大いに注目する必要があるだろう。本作は今年の日本映画の収穫である。
(プロデューサー)
※『天使突抜六丁目』は、11月19日(土)より新宿K’s cinemaにて公開、以後全国順次公開。







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