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評者◆伊達政保
稀代のノンフィクション作家が逝く――朝倉喬司とその時代をふりかえる
No.2996 ・ 2011年01月01日




 朝倉喬司氏(ノンフィクション作家、ルポライター)が12月9日、自宅アパートで遺体で発見された。死後一週間以上経っていたという。マスコミではあたかも孤独死のように伝えられているが、とんでもない。12月の初め札幌でのこまどり姉妹のコンサートで、ゲスト対談が予定されており、また出版を控えた近著の最終稿待ちの状態であった。しかし、当日本人が現れず連絡も取れず(本人は携帯電話を持たない主義)、またどこかへ取材の為出かけてしまったのかと、主催者や編集者が探しまくっている状態だったのだ。11月29日にはいつもの通り元気に新宿で飲んでいる姿が目撃されており、まさか自宅で亡くなっているとは誰しも想像すら出来なかった。皆大変なショックを受けた。
 オイラが朝倉さんと出会ったのは昭和46年、平岡正明氏を介して渋谷にあったテック(専務はあの谷川雁)での闘争に関わった時だった。当時平岡氏は朝倉さん、石飛仁氏らと共に花岡事件の調査を行っていた。朝倉さんはテック闘争も支援しており、そこで三里塚救対会議で知り合いだった浴田由紀子さん、斉藤和君、北川フラム氏らと出会うことになった。朝倉さんが昭和41年、ベトナム反戦直接行動委員会として和君らと、武器製造の日特金属を襲撃した本人とその時知って、ビックリしたものだった。
 昭和47年、テック闘争終了後、平岡、朝倉両氏と浴田さんらと韓国旅行。帰国後、軍事郵便貯金の支払いを求めインドネシアより来日した、元台湾日本軍軍属楊明雄氏支援闘争が、同じグループによって開始される。後の従軍慰安婦問題などの戦後補償運動の端緒となった。昭和48年、楊明雄闘争の終了後、闘争過程で知り合ったミクロネシア・ポナペ決死隊遺族補償を求めるダニエル・ロペスを支援する闘争が同じく平岡、朝倉グループによって開始され、布川徹郎を加えミクロネシア独立運動に発展。その運動の一方で、昭和49年、和君と浴田さんは東アジア反日武装戦線“大地の牙”として企業爆破開始。昭和50年、東アジア反日武装戦線一斉逮捕、和君服毒自殺。黒幕容疑で平岡氏宅ガサ入れ。朝倉グループは後始末に追われた。
 その頃から朝倉さんは週刊誌記者として犯罪ルポを連載。記者仲間と契約記者の労働組合「講談社記者会」を立ち上げ、会長となる。オイラも当初から支援。その一方、朝倉、平岡ラインで河内音頭にしびれ、河内の野面を歩き回り、ついには朝倉隊長「全関東河内音頭振興隊」結成に至るのだ。
 オイラの新宿区役所区長室での切腹の際には、立会人をお願いし、多大な迷惑をかけてしまった。文の乱れも顧みず、故人とのことを振り返ってみた。合掌。
(評論家)







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