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評者◆添田 馨
〈詩〉に包み込まれる――森岡書店での朗読パフォーマンス「蝶の行方」
No.2971 ・ 2010年06月26日




 〈詩〉に包み込まれる、という初めての体験をした。5月19日に、東京は茅場町にある森岡書店で開かれた、詩人柏木麻里と朗読家岡安圭子による朗読パフォーマンス「蝶の行方」での体験のことだ。「詩のインスタレーション」と銘打たれているように、この催しは、もともと同書店の十数坪くらいのスペースに、柏木さんの詩を一定期間“展示”するイベントの一環で実現したものだ。だが、詩の展示って一体どんな設置構成なのか、知らない人には分かりにくいかもしれない。実は私も行くまでは分からなかった。
 それは会場となった部屋の漆喰のような白っぽい壁の上に、詩句の文字だけが切り抜かれて貼ってある、それも大小さまざまなフォントで相互の間隔も自由自在に、整然とばらまかれてあるといった具合なのだ。足を踏み入れた瞬間、あっ俺はいま現実次元から一気に滑り降りて、〈詩〉という仕掛けの中にまんまと取り込まれてしまったな、という思いがやってきた。〈詩〉の壁に囲まれたその空間そのものが、すでにして“詩集”であり、その一枚一枚の“頁”に他ならなかった。
 「馥郁たる そと」というフレーズが、何故か今も心の中に残響し続けている。その日、言葉たちはすでに書物の形態から外に出て、空間の至るところに充満していた。そして朗読が始まると、また凄いことが起こった。本当に「蝶」のように、言葉が一斉に空間を舞いはじめたのである。
 二人の朗読者は、時には単独で、また時にはロンドのように声そのものを交錯させながら、間然するところがなかった。手元の詩集に目を落としたかと思うと、次の瞬間には壁面の文字にも視線を飛ばし、それこそ自在なナレーションの渦をそれぞれに発生させていた。その様は、文字と音声とイメージと、そして意味とさらには視線までもが、すべて等しく〈詩〉という全体の重要な要素となり、それらの複合した権能で紡ぎあげた見事な時間の芸術、しかもその瞬間ごとのガラス細工のような協奏に他ならなかった。
 これまで身に覚えたことのないような不思議な快感が、そこに居る人全員の身体五感をすべて包みこんで振動している、そんな感じだった。現実の空間を、こうして“馥郁たる外部”として創出できるのだという驚き。それがこの日の感動のすべてだったと思う。
(詩人・批評家)






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