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評者◆稲賀繁美
「許しうる異質性」と「耐え難い同質性」とのあいだ――Xenologyの臨界をめぐって‥モスクワで考えたこと(1)
No.2993 ・ 2010年12月11日




 「オリエンタリズムと他者問題」を論ずるヴィクトリア・ルイセンコ Victoria Lysenko は xenological approachを提唱している。他者認識というが、自分を「他者」と呼ぶ者はいない。他者とは常に自分(たち)にとっての他者でしかない。彼女のこの指摘を出発点としよう。およそ論じうる「他者」とは「我々」が他者と認識しうる対象のみであり、その限りでその対象はすでに絶対的な《他者性》を剥奪され、幾分かは「我々」の枠組みに「手なずけ」られている。他者といえども、それはたかだか「受容可能な異質性」の符丁でしかなく、許容範囲を越えた《他者》は既に他者として遇することもできない。逆に他者として扱われるためには、過度の同質性も禁物であり、他者は、その定義に当て嵌るためには、「許容不可能な同質性」よりも彼方に位置する必要がある。
 これは観点を変えれば、他者の家畜化である。ペーター・スローターダイクの思索を参考にすることも出来ようが、対等な対話の相手と他者とのあいだには、微妙な閾がある。対話を成立させるためには、或る言語体系を規範として共有する必要が生じるが、それを母語として用いる話者と、そこにいわば家畜化されて始めて発言権を獲得する他者とのあいだには、支配・被支配の関係が生じ、優越感、劣等感、主宰者意識と被害者意識が否応なく分節される。サン・ヴィクトールのフーゴーに帰される異境人の逆説、すなわち、故郷にあっては居心地悪く、他所はまだマシだが、地球上の何処にも安らぎを得られぬ世界人の境涯も、このあたりにその淵源を求めうる。
 北米知識人界の異邦人として許容範囲内の異語を発する限りで、酒井直樹の思索はエドワード・W・サイードの足跡の延長上に位置づけうるものだろう。その酒井は「理論」という名の枠組みを提供するのは「西側」the Westであり、「それ以外」the Restの世界は、「西」に対して適切な原材料データを提供する役回りを受け持たされる、と繰り返し告発している。「適切」relevantとは、上に見た「受け入れ可能な異質性」と「許容不可能な同質性」との間隙を呼ぶ隠語だ。
 ルイセンコ氏の専門であるインド学indologyを例にとれば、西欧世界では久しくサンスクリットやパーリ語の文書史料の確定を目指す文献学が至上命題となり、現在のラマ教などはスターリン主義に起源を持つ文化政策において弾圧の対象となり、仏教学においても堕落した信仰形態として久しく蔑視されてきた。西側学術の枠組みに当て嵌る「作法」へと切り詰められた部分だけが是認され、その許容範囲を逸脱する部分は非学問的として排斥されてきた。日本においてもインド地域研究と古典研究とはお互いに殆ど会話が成立しない別領域に断絶しているが、その原因の大半は、西側学術の設定した枠組みと方法論とが今なお支配的な鋳型をなしているからだろう(長田俊樹)。
 渡邉俊夫氏はイサム・ノグチの庭園設計を話題としたが、これを以上の枠組みに照らしてみたい。イサム・ノグチは、戦時中、大東亜共栄圏の宣伝メガフォンの役割を果たしたとして敗戦後忌避された詩人、野口米次郎を父とし、エレノア・ギルモアの私生児として育った。日本から見ても北米から見ても共に他者性の刻印を押された生涯を藝術家として生きた人物といってよい。そのノグチが試みたのは、はたして西側の枠組みとしての「藝術」の世界に園藝や作庭の仕事を藝術として認知させ、西側では職人扱いされてきた「庭師」という職分を変更しようとする試みだったのだろうか。あるいは四国の牟礼の石切場での作業は、あくまで西側世界に属した藝術家として石工を使役する階層秩序に忠実な振る舞いだったのか。他者として異なる文化伝統の架け橋を演じる国際人とは、裏返せば両者の電位差を巧みに操る一所不在、二枚舌の境涯ではなかったか。
 xenophobiaとxenophiliaとの間を縫うxenologyは、やがて境界人の他者認識へと収斂する。
(続く)
(国際日本文化研究センター研究員・総合研究大学院大学教授)







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