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評者◆東野徳明(みどり書房桑野店、福島県郡山市)
一生に一度の質問──二階堂奥歯著『八本脚の蝶』(本体1800円・ポプラ社)
No.3108 ・ 2013年04月27日




 本が人を呼ぶ、とはしばしば耳にする表現だが、ほぼ迷信だと思う。
 ぼくにも、書店から出てきた時には、入った時には思いもしなかった本を買っていた経験は幾度もあって、それを「呼ばれた」と言ってみたくもある。けれどもぼくがそのときその書店の中で、もっとも切実な呼び声を逃さず聞き届け、その書店にある未知なる本のうちで自分にとってもっとも大切な一冊を選んだかと言えば、それはたぶんちがう。
 書店員は日々、数百点のはじめて出会う本に触れ選別し棚に蒔いてゆく。新刊既刊を問わず、はっとした本は手にとって眺め、琴線に触れた本は記憶に残し、その中から選び抜いた本を読み、商品知識を増やしていく。問い合わせを受けた時、すかさずタイトルと作者を暗誦まではできなくとも、ちょっと検索しさえすれば特定できる、おぼろげながらご案内には充分な知識を含めれば、数十万冊程度の商品知識を持った書店員はざらにいるはずだ。
 売れてもいないし、作者の知名度も高くなくて、目立たないけれどすばらしい本はたくさんある。経験を積んだ書店員ならば、ピンポイントに絞り込まれた、わがままと言ってもいいような問い合わせに対して、待ってましたとばかりに差し出す隠し玉をいくつも持っているだろう。それは、けっしてひとりよがりではなく、おすすめした本は「これこそが求めていた本です!」「いままで出会った中で最高の一冊でした」「思いもしませんでした。こんな本が世界に存在するなんて」、まぶしいレスポンスを幾度もいただいてきた本たちである。
 本が人を呼ぶとするなら、そういう本の呼び声こそがもっともあざやかに、遠くまで響くだろう。おすすめしなくても、仕掛けなくても、そこそこは売れるはずだ。ヒットはしないまでも、せめて絶版にならない程度までは売れてもいいじゃないかと思う。しかしです、売れないのです。
 あなたがもし、本の選定に一定の自負を持った書店員なら、試みに心からおすすめしたいベスト10なり20なりを選んでみてほしい。おそらくそのうち半分かそれ以上が、売れなくて入手困難な本で占められるだろう。残念ながら本は人を呼ばない。呼ぶとしても、その声はとてもかすかだ。
 二階堂奥歯が亡くなって十年。彼女の遺した日記『八本脚の蝶』が、七年ぶりに増刷された。『八本脚の蝶』にもしもあなたが呼ばれるなら、その声は内容も経緯も抜きで、ただひたすら切実に響くだろう。部数から言っても九割以上の書店には並びさえしないし、長い間入手困難だったこの本はいずれまた入手困難になるだろうから、その響きを少しでも肩代わりできればと思う。
 二階堂奥歯が女子高生だった頃、とあるレストランでぼくたちは対話を交わしていた。抽象的過ぎてお互いしか話し相手のいない、そういう対話を。ふと気付くと、フロアの隅に控えていた若いウェイターがテーブルの傍らに立っていた。「御客様方のお話、自然と耳に入ってしまい、とても興味深いお話で、失礼とは思いながら聞き入ってしまいました。それでその…わたくし子どもの頃からひとつの疑問がございまして、誰に話しても通じずどんな本を読んでも答えはありませんでした。今訊ねなければ、生涯訊ねる機会はないと思い、勇気を出して声をかけさせていただきました。ひとつ質問してもよろしいでしょうか」。むろんぼくたちに否やはなく、彼はこの場にそのまま引用しても意味が通らない質問をして、ぼくたちは心をこめてそれに答えた。彼は深々と頭を下げ、「ありがとうございます。わたくしは今この上なくしあわせです」そう言って定位置に戻っていった。あの時の彼にも『八本脚の蝶』の声が、届いていればいいなと思う。







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