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評者◆神山睦美
ドストエフスキーの戦争観を橋川文三はどのように見つめていたか
No.2956 ・ 2010年03月06日




 橋川のいう、ドストエフスキーにおけるロシアの民衆の生活への宗教的な畏敬が問題となるのは、ここにおいてです。ドストエフスキーのどのような言葉から、この宗教的な畏敬を引き出してきたのか定かではないのですが、おそらく、橋川には『悪霊』や『カラマーゾフの兄弟』を渾身から読み込んだ経験があったのではないかと思われます。そこから引いてきたのが、『悪霊』のシャートフの宗教的熱狂をともなった民族主義と『カラマーゾフ』のアリョーシャにみとめられる人類愛、兄弟愛の思想といえます。後者は、小説のなかで直接表明されてはいませんが、続編が書かれたならば、そういう思想の体現者としてアリョーシャが登場してくるのではないかということは、亀山郁夫さんなどによっても想定されています。
 同時に、橋川がドストエフスキー最晩年の「プーシキン講演」を参照していたことは、まちがいありません。そこでは、まさにシャートフとアリョーシャの考えを綜合したような思想が説かれます。「ロシア人の使命は、争う余地もなく全ヨーロッパ的であり、全世界的である」「なぜなら、われわれの運命は全世界性だからである」「私はただ、人間の兄弟・同胞愛のことについて語っているのであり、全世界的な、全人類の兄弟的団結のためには、ロシア人の心がおそらくあらゆる国民のなかで最も適しているだろう」というのがそれなのですが、これだけをとってみると、ここにはむしろ、大審問官やロベスピエールに通ずるような思想があらわれているといいたくなります。実際、この「プーシキン講演」は、ドストエフスキーの狂信的な民族主義の表明とみなされ、どちらかというと敬遠されてきました。
 しかし、バフチンのいうドストエフスキーの小説におけるポリフォニックな構造というのは、このような講演の語りにも現れているということができます。ドストエフスキーは、あきらかに小説の登場人物、たとえば『悪霊』のシャートフ、『カラマーゾフ』続編のアリョーシャの語り口を借りてこれらの言葉を述べています。そうであるとするなら、シャートフがシガリョフの奴隷平等主義に対する根本的な批判として民族的な熱狂と宗教的な熱狂を説き、アリョーシャがイワンのいう大審問官的な権力への批判として人類愛と兄弟愛を説いたように、一人の人間の不幸の特殊性に目を向けることのない思想への批判として、ロシアの魂と全世界的な、全人類的な兄弟団結というものを説こうとしたということができます。そこにこそ、ロシアの民衆の生活への宗教的な畏敬がかいまみられる。
 橋川のいう愛国心には、これだけの背景があるとみてまちがいないと思われるのですが、では、いったい彼はどこからこのような思想のヒントをえてきたのか。『悪霊』や『カラマーゾフの兄弟』の読書体験だけでなく、それを示唆するような思想をどこに見出していたのか。アレントの『革命について』の、大審問官とイエスの対峙をかなり早い時期に目にしていたということは、考えられなくはありません。しかし、「愛国心―その栄光と病理」が六十二年、「昭和超国家主義の諸相」が六十四年に発表されていることからすると、六十三年に初版の出た『革命について』から示唆をえた可能性はほとんどないといえます。もちろん、十九世紀ロシアのナロードニキ運動や民族運動を視野に入れてなされた丸山眞男の超国家主義批判の継承という意味を否定することはできません。しかし、やはり橋川を動かしていたのは、戦中期における小林秀雄体験、とりわけ『ドストエフスキイの生活』をはじめとする一連のドストエフスキー論から受けた影響だったのではないかと考えられます。
 そのことを示唆するのは、ドストエフスキーの戦争観に対する橋川の観点です。戦争というのは、最小の損害で平和を獲得するための行動であるから、悲しいことだが、国民の健全な関係をつくり出すためには、それもやむをえない。無期限に苦しむより、いっそ剣を抜いてしまったほうがいいといった意味のことが『作家の日記』に書かれています。これを、橋川は、北一輝の戦争聖化の思想に並べて論じます。しかし、その論じ方が、ドストエフスキーにおけるロシアの民衆の宗教的な畏敬について語ったときと打って変わって、批判的なのです。もちろん、このような戦争観は、それだけ取り出してみるならば、批判されてやむをえない面があります。しかし少なくとも、ドストエフスキーには、戦争を民族的な優位と国家的な覇権を握るためには避けられない現実とする思想はありません。民族的な優位や国家的な覇権よりも、民衆の生活の救済ということが問題なので、そのためには戦争もまたよしというのが、ドストエフスキーの思想であったといえます。そして、このようなドストエフスキーを、最初にわが国に移植したのが小林秀雄だったので、その影響を戦中期の読書経験から深く受けていたのが、橋川だったということができます。
(文芸批評)
――つづく







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