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評者◆神山睦美
大審問官は、虚無の感触を所有していなければならない
No.2925 ・ 2009年07月11日




 しかしこの大審問官は、アレントのパブリックについての理念をもとに描き出したもので、ドストエフスキーのそれではないということもできます。ドストエフスキーには、大審問官に象徴される宗教権力が人と人との「共生」をもたらすためには、もっともっと私的な領域をくぐっていかなければならないという考えがあるからです。最も私的で奪われた生には、むしろ、共生それ自体を崩してしまうような存在の影が投影されている。それはたとえば、ラスコーリニコフであり、スヴィドリガイロフであり、スタヴローギンであり、さらには父親殺しの下手人であるスメルジャコフにほかなりません。彼らのなかに秘められた虚無の感触こそが、襤褸の人イエスを招き寄せたのです。このときイエスの奪われた生は、いかなる光源によって映し出されることもなく、いまだ彼らの存在の闇とともにあるといわなければなりません。
 大審問官の物語を語るイワンとは、彼らの底なしの虚無を代行する存在といえます。だからこそ、彼の語りは迫真のリアリティをもつのです。その迫真の語りによってすがたをあらわす大審問官は、イエスの愛や慈しみからは何ものも生まれないことを説き、人間たちのエゴイズムやルサンチマンを徹底して非難します。この人間たちの救いがたさは、一方において救いがたいまでのニヒリズムをもたらすのであって、彼らを野放しにしておくならば、第二、第三のスメルジャコフが現れないとは限らない。それをとどめるためにも、大審問官は、イワンに象徴される虚無の感触を、みずからのうちに所有していなければならないのです。
 このような大審問官に、パブリックな光のあらわれる道理がありません。それにもかかわらず、イワンの語りの背後から、ドストエフスキーは大審問官の向こうに何かを示唆します。その何かを、ありうべき統治形態ということで考えてきたのですが、それは、イエスの無言の接吻のその先に描かれるものということができます。では、イエスの無言の接吻とは何を意味するものなのか。それはいったい、アレントのいうプライベートなものとどう違うのか。むしろ、それをこそもっともプライベートな所作というべきではないのか。(文芸批評)
――つづく






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