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評者◆明戸隆浩
目の前にある現実こそ、この社会の現実――今必要なのは「大局的な観点から今目の前にある問題について議論すること」
No.3228 ・ 2015年10月31日




■9月27日、2015年の通常国会が閉会した。安倍政権による「安保法制」の強行採決、およびそれに反対する国会前などでの大規模な抗議行動とともに日本政治史に記憶されるだろう今国会は、同時にまた、日本で初めて人種差別撤廃にかかわる法案が審議された国会でもあった。審議が行われたのは一日のみ、メディアでは何度も廃案の可能性が報じられたが、最終的には継続審議という形で次回以降の国会での成立に望みをつないだ。成立に至らなかったことそれ自体はもちろん残念なことだが、人種差別ということが国会での審議という形で初めて明確に公的な議題となったことの意義は、非常に大きい。
 実際、8月4日に参議院法務委員会で行われたその審議は、きわめて「まとも」な議論だった(筆者は傍聴という形でその場で議論を聞く機会に恵まれたが、その様子は参議院のウェブサイトにある映像を通していつでも見ることができる)。メディアでは一般に今回の法制に反対だと伝えられることが多かった与党自民党だが、同党の代表として質問に立った猪口邦子議員は、反対どころか懸念程度の立場すら表明せずにいきなり内容に関する具体的な議論から入り、聞いていたこちらがむしろ戸惑うくらいだった。また同じく与党・公明党の矢倉克夫議員は、冒頭から「これは日本社会が問われる問題でもある。マイノリティが怯えながら生きるような社会はおかしい」と述べ、今回の法案の社会的意義を明快に示した。他の野党議員の質問も、今回の法案提出の背景となったヘイトスピーチの具体的な問題性、そしてそれに対して国が何らかの対策をとらなければならないこと、少なくともそこまでのことを共有した上での、現実的かつ実りのあるものだった。
 もちろん、国会での審議は具体的な法律を制定するために行われるのであり、いくらその過程でよい議論がなされても、結果に結びつかなければ最終的には意味はない。しかしここであえてその「過程」について書いたのは、こうした国会での議論の一方で、この間の一部の「専門家」の議論に、違和感を覚えることが多かったからである。先に書いておくと、その違和感というのは、この問題を「規制か自由か」という問いの下で論じてしまうこと、に対するものではない。確かにこのタイプの議論は少し前までよく見かけたし、だからこそ筆者も、この問題にかかわる議論は「規制か自由か」のディベート的な問いではなく、「人種差別あるいはヘイトスピーチの問題に対して何ができるか」という問題解決型の問いの下で行われるべきだ、と何度も書いてきた。しかし最近はこうした形の議論はごく一部の論者を除いて見かけなくなったように思うし、そしてこのこと自体は、もちろん大きな前進である。
 しかし、それと入れ替わりで最近増えてきているように思うのが、「形式的支持」とでも呼べばいいのだろうか、要は積極的に人種差別撤廃法案を批判することはしないが、だからと言って具体的な擁護論を展開するわけでもなく、質問などの形で聞かれた際に「この法案については特に問題ないと考えている」と答えるような態度である。もちろん「規制か自由か」という問題設定の下で明確な反対論を展開するよりはましなのかもしれないが、しかしこうした態度に対して、ありがちな規制反対論に対するものとはまた違う苛立ちを感じることも事実だ。そしてこの苛立ちは、こうした「形式的支持」を表明する論者の多くが、人種差別やヘイトスピーチの問題それ自体についてはきわめて深刻なものだととらえていることが多いという事実によって、さらに強まることになる。つまり彼らは、「人種差別あるいはヘイトスピーチの問題に対して何ができるか」という問いはふまえた上で、たとえば政府から独立した人権機関が必要だと主張したり、あるいは小手先ではないより根本的な解決が必要だと言ったりする。もちろん、それらの主張それ自体は重要だとは思う。しかし、なぜ今、具体的な人種差別撤廃法案が公的な議題となっているまさにそのときに、それについてきちんと言及せず、「その先」を語ろうとするのか。具体的な条文案はすでにあるのだから、問題があれば指摘し、修正案を示すという形で関わることもできるはずだ。
 政治家は今目の前の問題について議論するのが仕事だが、学者はより大局的な観点から議論するものだ――そんな反論もあるのかもしれない。しかしそれに対しては、今必要なのは「大局的な観点から今目の前にある問題について議論すること」だと答えるべきだろう。そしてそうした議論が成立するためには、政治家も学者も、同じ土俵で、同じ材料をもとに議論しなければならない。目先の問題は政治家に任せて、自分は「先回り」して「その先」を考えておこう、しかしそう思って先回りしていたはずの場所に「現実」はいつまでたってもやってこない――今回の人種差別撤廃法案だけでなく、筆者が専門とするエスニシティや多文化社会に関する日本の議論では、正直そういう例を嫌というほど見てきた。日本におけるこのテーマはとくにそうだと思うが、先回りして待っていても、今そこにある現実は変わらないのである。目の前にある現実がいかに周回遅れに見えようとも、しかしそれでもそれこそがこの社会の現実なのだ。出発点は、そこにしかない。
 先に書いたように、幸いこの法案の審議は次回の国会に持ち越しとなった。その大局的な視点は、今目の前にある問題の解決にこそ、生かすべきである。
(多文化社会論/関東学院大学ほか非常勤講師)






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