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評者◆内堀弘
山王書房に流れる時間は豊かだった――関口良雄著『昔日の客』には野呂邦暢の思い出も刻まれる
No.2884 ・ 2008年09月06日




某月某日。夏の休日の、これは楽しみの一つだが、水風呂を浴び、ラジオの高校野球を聴きながら、好きな本を何冊か積んでごろごろ過ごす。
 『昔日の客』(昭53・関口良雄)は大好きな一冊で、もう何度読んだかわからない。著者は山王にあった文学書の古書店(山王書房)の主人で、この本が出る前年に亡くなった。文学が大好きで、人と話すのが大好きで、酔えば楽しく歌う。とにかく快活な人だったという。
 なんでもない日々を記した随筆集だが、郊外の小さな古書店に流れる時間はとても豊かだ。訪れるお客さんのこと、私淑する尾崎一雄や上林暁のこと、出先で作家の伊藤整に間違われてそのままなりすました逸話など、「そういえばこの前こんなことがありましてね」と、まるで主人から話を聞いているような気分になる。私は一度もこの店を訪ねたことはないけれど、それでも読むたびに懐かしい。今でも日暮れ時には、この小さな店に灯りがついて、硝子戸越しに伊藤整に似た店主の姿がみえる、そんな気がしてならないのだ。
 作家の野呂邦暢も若い頃にこの店の客だった。といっても、主人と親しかったわけではない(このスタンスがいい)。ここが思い出の深い古書店だった。芥川賞の受賞式で上京した野呂は夫婦でこの店を訪ね、そして新しい作品集を主人に渡す。そこには「昔日の客より感謝をもって 野呂邦暢」とサインがあった。この嬉しい言葉を、関口は自身の随筆集の書名にした。だが、楽しみにしていた出来上がりを待たずに亡くなってしまう。
 関口が亡くなった翌年、野呂は文芸誌に「佐古啓介の旅」を連載する。郊外の古書店が舞台で、佐古は父親の後を継いだ二十代の若い古書店主という設定だった。ところどころで父が残した渋い文芸書が顔を出す。閉じてしまった山王書房に、野呂もまた想いを重ねていたのだろう。この二年後に、野呂は四十二歳の若さで亡くなった。
 『昔日の客』は稀に古書で目にする。佇まいのいい本だ。野呂の連載は『愛についてのデッサン』としてまとめられ、これは現在みすず書房から復刊されている。






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