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評者◆前田和男
(5)羽田孜から「社会党脱党」をうながされる
No.2878 ・ 2008年07月19日




 シリウスよりも心を動かされたのは、羽田孜からの直々の誘いだった。羽田は、九二年末、小沢一郎と共に自民党竹下派を割り、新党の模索をはじめていた。羽田の行きつけの蕎麦屋に誘われ、そこで「社会党を出て一緒にやらないか」と打診をされたのである。同年六月二三日に羽田孜が代表となって四四人で新生党が結成される以前のことである(その二日前の六月二一日には武村政義が代表となって一〇人で「さきがけ」が結成される)。
 間近にせまった選挙を担ってくれるのは社会党と労働組合しかない。社会党の看板なしでやれる自信はなかった。もう一回社会党で当選して、状況を見定めてからでも間に合うのではないか。松原の胸中を、そんな迷いが去来し、心引かれながらも、羽田の誘いを断った。結局松原は社会党公認で二回目の選挙を闘うことになった。

●九三年総選挙。得票を半減させて次々点に泣く

 一九九三年六月一四日、野党から提案された内閣不信任案が小沢一郎ら「自民党内政治改革推進派」の賛成によって可決され、宮沢首相は総選挙にうってでた。
 新党ブームがおきたら、社会党の看板で選挙はやれないかもしれない。そんな松原の漠たる不安が的中した。七月一九日投票の結果は、日本新党三九(三九増)、新生党五五(二〇増)、さきがけ一三(三増)と新党ブームの大風が吹き、そのあおりを社会党がひとり受け、一三七から七七と議席を半減させる歴史的敗北を喫したのである。
 シリウスも新党へ飛躍する決断ができなかった。政界再編の好機だったにもかかわらず、代表の江田五月は「選挙資金のめどがたたなかった」ことを理由にルビコンを渡らなかった。新党ブームに乗れなかったシリウスは衆院メンバー一六人のうち一〇名が落選。再選を果たしたのは、シリウスの言いだしっぺである社民連の江田と菅。社会党では土肥隆一などわずか四名だった。もっともワリをくったのは、松原らニューウェーブの会、AND経由でシリウスに拠った「社会党改革派」であった。有権者からは「守旧」とみなされた本籍地・社会党で戦わざるをえず、松原を含めその多くが枕をならべて討ち死にする結果となった。惨敗をうけてシリウスは総選挙後の八月二六日活動を休止する。
 選挙中に松原は新党ブームの風をひしひしと感じていた。しかし、自分たちは社会党を変えようという改革派なのだから、新党ブームとつながっているはずだと勝手に思い込んでいた。まさか自分のところに逆風が向かってくるなどとは考えだにしなかった。
 松原の奈良全県区は定員五、社会党からは前回一三万余でトップ当選の松原、自民党からは奥野誠亮と田野瀬良太郎、公明からは森本晃司、共産から辻第一、新生党からは元自民の前田武志、日本新党から岡井康弘。そして自民の公認争いに敗れた新人の高市早苗が無所属で出馬していた。
 下馬評では票はへらすものの松原優勢、自民公認の二名と公明は有利、新生は元自民ということもあり優勢。自民の公認をとれなかった高市は不利といわれていた。
 結果は以下のとおりであった。
高市早苗(無所属新)一三一、三四五
前田武志(新生前)一一五、八九三
奥野誠亮(自民前)一一三、二五四
森本晃司(公明前)九七、二六七
田野瀬良太郎(自民新)九〇、八八六
辻第一(共産前)八二、六七三
松原脩雄(社会前)七八、八〇一
岡井康弘(日本新党新)三二、三八〇
 戦前の予想をうらぎって高市がトップで当選、前回一三万票をとった松原は得票を半減させ、共産候補の後塵を拝して次々点に泣いた。自民の公認がとれず不利といわれた高市だが、むしろ無所属であったことが幸いした。男でも相当体力と気力がないとやれない、上半身を街宣車から乗り出す暴走族まがいの「ハコノリ」をやり、演説はタカ派で旗幟鮮明で歯切れがよい。若くて美人で女性よりも男性に人気がある。これが新党ブームと相乗効果を果たしたのである。日本新党の新人・岡井も立候補していたが、新党ブームの期待票を高市と岡井がわけたかっこうになった。両者でわけあったその票は、おそらく前回土井ブームで松原をトップに押し上げた票でもあった。
 選挙中盤で危機感をおぼえた松原選対からは「今は社会党でやっているけれども、当選したら社会党を軸に新党運動に参加します」と訴えろとの「指導」が入ったが、時すでに遅かった。逆風の前には労働組合も部落解放同盟などの支援組織も力の発揮のしようがなかった。だったら旧来の組織に頼らずやればよかったのにという後悔が松原周辺にはあったが、すべて後の祭りだった。

●自社さ村山政権の二日前に社会党を離党

 松原は地元奈良へ戻り、弁護士を続けながら、捲土重来をかけた浪人暮しがはじまった。いっぽうかつて松原が華々しく活躍していた永田町では大激変がおきていた。
 九三年六月八日、日本新党の細川を首班に社会党も参加した非自民連合政権が成立。しかし、一年足らずで内輪もめがおきる。社会党が「仲間外れ」にされたと反発したことが遠因だが、その不協和音を自民党につかれる。九四年六月二九日、社会党の党首・村山富市を首相にかつぐという奇策によって自民はまんまと政権を奪還するのである。
 これを事前に知った松原は「改革を天秤にかけるとは政治的犯罪だ」と怒り心頭に発した。この奇襲作戦の仕掛け人は自民総裁の河野とさきがけ代表の武村とされ、小沢が細川政権を成立させた離れ業を学習したものといわれている。小沢は少数派だがキャスティングボートをにぎる日本新党に首相を差し出すことで、五党による細川連立政権をつくりあげたが、河野と武村は同じ手口で社会党に首相を差し出したのである。松原からすると、細川政権は悲劇に終わったものの政界再編への挑戦であったが、村山政権は反動の茶番劇でしかなかった。これを仕組んだ人物も、積極的ではなくともそれを追認した人士も許せないと感じた。
 もし松原が再選していて、ニューウェーブの会のメンバーの多くも落選せずにいたら、ニューウェーブの会が登場したときのように、社会党執行部にとことん抗ったことだろう。そうすれば、自社さ政権は成立せず、政界再編はもっとはやく進んだかもしれない。しかし、大半が落選中の彼らには情報も入らず、抗うにも拠り所がなかった。
 松原は、とにかくこれまでは「社会党を変えることで日本の政治を変える」という政治姿勢でやってきた。しかし、この一件で、その思いがプツンと切れた。この党は完全につぶれる。村山委員長と一緒に墓場に行くのは嫌だ。そう決断した松原は村山政権成立の前日に、社会党奈良県本部に離党届を出した。








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