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文学
コンビニの中の個性
書籍・作品名 : コンビニ人間
著者・制作者名 : 村田沙耶香  
ちゃんかね   25才   男性   





意思や感情は本当に自分のなかで生まれたものであろうか。この作品の中で描かれる古倉恵子や白羽は、いわば「普通ではない人」である。恵子が幼稚園の時、道で死んでいた小鳥を母親に差し出し「食べよう」と発言したエピソードをはじめとして、古倉恵子の感覚は世間と大きくずれている。彼女は懸命に社会に迎合し、コンビニという場所で他者との関係性を必死に保っているのである。
学校教育の現場や就職活動などでは、個性を育てようとか、オリジナリティのある人間になろうとか、人とは違うことを要求されるのに、実際のところ社会は世間に合わせた言動をする人間を必要としている。現代社会における個性とは、あくまで社会規範の中でのみ発揮されるべきものである。個性やオリジナリティが強調される芸術の世界でさえ、市場経済の中の産業としての芸術という側面も相まって、多くの人間から共感と感動を受ける作品が世に広まり、評価される。芸術家たちの直面するジレンマに関してはここでは深く言及しないが、目新しさと「あるある」を共存させることはさぞ困難なことであろう。人々が個々に抱える悩みや問題も、社会が設定している範囲内である。だからこそ、いじめを受けている生徒に対してかけられる言葉は、「君は一人じゃない」とか「世界は広いから、君と気が合う人がたくさんいるよ」というありふれたものだ。この点に関しては、作中で結婚相手も交際相手もいない恵子に対し、友人が同性愛者なのではないかと心配した際の「みんなが言うようなわかりやすい形の苦悩とは限らないのに、誰もそこまで考えようとしない。その方が自分たちにとってわかりやすいからそういうことにしたい、と言われている気がした」と言う恵子の主観的描写に現れている。
作中の恵子の描かれ方で最も特徴的なのは、自らの感覚が世間とは逸脱していることに、非情なまでに自覚的なことである。だからこそ社会が求める答えを妹に相談し、周囲からはそう見られないような発言を心がけているのだが、その都度、周囲の反応に違和感や社会との隔たりを実感してしまってもいる。そして恵子はそのことに自覚的でありながらも、自分が普通ではなくなってしまった原因や改善策に関しては全くわからない。その諦めと孤独が、真っ白な蛍光灯と等間隔の商品棚で構成されたコンビニエンスストアのように、冷酷かつ無機質に描かれている。対照的なのはもうひとりの主要人物の白羽である。彼は恵子のニヒリズム的な考えに反して、社会への不満を表に出し、攻撃的で独善的である。しかし自らの要求はことごとく世間に受容されず、恵子とは違った悲壮感を持ち合わせている。
個人というものがより切り離された現代は、心の病やマイノリティの尊重という言葉がより強調されている。特に、共同体への帰属意識や横並びの同調的な価値観を重要視してきた日本においては、個人というものに関して再度深く考える時期に来ているように思う。表立っての差別や迫害がなくなった分、今私たちが所属する共同体のどこにそういった価値観を持った人がいるかはわからない。心の病を抱える人もいるかもしれないし、恵子のように世間からの疎外感を感じているかもわからない。私たちはもしそのような人をたとえ発見したとしても、多くはそっとしておくだろうし、必要以上に関わらず、私とは違う普通じゃない人というレッテルを貼るに違いない。『ジョーカー』という映画の主人公は生まれつき精神に病気を抱え、常軌を逸した行動はことごとく世間に受け入れられない。社会からの疎外感に耐えかねた彼は自らの欲望や主観に忠実な純粋悪へと変貌を遂げるのである。自らが社会に受け入れられない悲しみや怒りを解き放って、自分の欲望に対して素直になるという点で恵子とジョーカーは類似している。客観的に彼の姿をみた多くの人はこの過程を悲劇的だと捉えるに違いない。しかしこの作品を読んで、私が真に悲劇的だと感じたのは、彼らのようないわゆる普通じゃない人を異世界の住民と決めつけ、社会の外に追いやってしまうことだ。
いじめはよくないとか、個人を尊重する社会を目指そうとか、そういった表面上の平和な社会というものを声高に主張するのではなく、彼らの自己との徹底的な対話の末に生まれる、本当の自己、他の誰でもなく私だけが感じている主観的な感覚を持つことに、私たちは社会を生きる上で敬遠してしまっているのではないだろうか。他人を尊重するということは、自己への理解が深まった人間にこそできることである。自分が正しいと思うことは、本当に自分が感じたことなのだろうか、それとも社会や周囲が設定した正しさを無自覚に自らに投影しているに過ぎないのだろうか。一生かかっても終わらない自己との対話から逃げずに、人生を歩んでいくことが、真に人間らしく生きることなのではないだろうか。






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