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美術
名も無き方へ
書籍・作品名 : 『Love Letter』
著者・制作者名 : クロダミサト  
谷川拓矢   30才   男性   





 クロダミサトによる「沙和子」シリーズのこれまでの展開が、時系列順に眺望できる一冊だ。
 思えば、第一写真集『沙和子』(リブロアルテ、2011)では、「ビニ本」的なポージングや修整を逆手にとって、そうした「エロス」表象へのアイロニカルな視線が表現されていた。従来の「エロス」表現は、主体としての男性による客体としての女性の侵犯によって成り立つ、男性による男性のためのもの。であれば、長らく日本ヌード写真史が歩んできた当局の検閲との闘争という歴史も、一時代の男性のエクスキューズにすぎなかったのではないか――。こうした告発的メッセージ性が、たしかにそこにはあった。換言すれば、そこではまだ「作者」の存在感が強く、「沙和子」も「作者」の表現のためのモデル性を強く担わされていた、ということでもある。
 ところが、とりわけ近年の作品になるにつれて、「作者」の存在感は希薄になっている。モデルの「沙和子」も、その纏った(纏わされた)ベールを次第に取り払い、刻々と変化する「沙和子」がありのままにそこに存在するかのようだ。いわば「無名性」への志向を読むことができる。「沙和子」シリーズの読みどころは、「作者」と「沙和子」の関係性や距離感の振幅にあるだろう。だが、これはすでに多くの評が指摘するところである。よって、いまあらためて「沙和子」シリーズを読むために、「無名性」という観点を提示しておきたい。
 先に述べた作風の変化を経て、「沙和子」シリーズの作品群には憂い、いやもっと言えば「死」の香りが漂う。一人の「無名者」として一歩ずつ「死」に向かっていく者の、どこか穏やかさすら感じる「静謐な孤独」。「作者」と「沙和子」の関係性は14年に及ぶというが、その時間性に孕まれる、傷、痛み、喪失、欠落、闇――。そして人は、すべからくその行く末に「死」を抱えている。そうした限られてある生への感受とでもいうべきものが、かつてのアイロニカルな「尖った孤独」とは異なる、現在の「静謐な孤独」をもたらしたといえるだろうか。いずれにしろ、この「静謐な孤独」の感触から、穏やかでやわらかな、独特な情感が醸し出されることは、繰り返し述べておきたい。
 こうして「静謐な孤独」は、名も無き者として繰り返す日々を紡ぎ、暮らしを営むわれわれの生を、励ます。自分という存在の有限性を引き受けることが、「何者」かになることよりもずっと、このとりとめのない、しかしかけがえのない生を営むための、手がかりとなるはずだ、と。






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