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文学
運命を変えるということ
書籍・作品名 : ブレイブ・ストーリー
著者・制作者名 : 宮部みゆき  
けいちゃん   19才   男性   





運命というものを信じている人はどのくらいいるだろうか。また、その中で運命を変えたいと願ったことがある人は、どのくらいいるだろうか。『ブレイブ・ストーリー』という作品は、自らの運命を変えたいと願い、もがいた一人の少年の勇気と成長の物語である。
『ブレイブ・ストーリー』は、2003年3月に角川書店から発売された冒険小説であり、日本を代表する作家のひとりである宮部みゆきの著作である。この小説を原作としたアニメや映画、さらにはテレビゲームまでもが生み出された上に、それら全てがヒットした大人気作品であり、「和製ファンタジーの金字塔」とまで評された。しかし、これら再編成作品のヒロイックで王道のファンタジー展開からは想像もつかないほど、原作の世界観はダークで重苦しい。映画やアニメで作品を知り、その後に原作を読んだ人々は強い衝撃を受けるだろう。
 物語の主人公はテレビゲームが好きな小学五年生の少年、三谷亘。どこにでもいる普通の小学生だった亘だが、ある日「幽霊ビル」と呼ばれている近所の廃ビルの中で現実世界とはかけ離れた異世界「幻界(ヴィジョン)」へと繋がる扉を発見する。数日後、そのビルで隣のクラスの優秀な転校生芦川美鶴が上級生に暴力を振るわれているのを目撃する。慌てて助けに入った亘だが、美鶴と同じように組み伏せられてしまう。しかし亘が生み出した隙を利用して、美鶴はあろうことか魔術を使い、幻界から異形の怪物を召喚し、上級生たちの魂を奪い去ってしまったのだ。その光景を目の当たりにした亘は美鶴の姿に強く心を惹かれる。そんな亘を横目に、美鶴は幻界へと姿を消すのだった。その後、普段通りの生活に戻った亘を待ち受けていたのは、両親から告げられた突然の離婚宣言だった。優しかった父親が突如家を出ていき、絶望した母は亘もろともガス自殺を図る。その時、死の淵で亘を救ったのは、美鶴だった。美鶴は亘に、自らの運命を変えたいのなら幻界へ旅立ち、運命の塔にいる女神に会え、と告げる。こうして亘の、運命を変えるための冒険が幕を開けるのだった。
 この作品は初版時、上下巻の二巻構成だったのだが、2006年に上中下の三巻構成の文庫本として再販された。私が実際に手に取ったのはその文庫版だったのだが、最も読むのに時間がかかったのは上巻だった。これはおそらく私だけではないだろう。理由は明白だ。冒険ファンタジー小説というジャンルにありながらも、この作品の上巻は先述したような現実世界での重く暗い話題が9割近くを占めているからだ。心躍るような冒険活劇を期待してこの本を手に取った読者にして見れば、この上巻は苦痛に思えてもおかしくない。しかし、ここで本を閉じてしまうのは賢明とは言い難い。なぜなら、この上巻で描かれる亘たちの苦悩こそが、この物語を通して亘が成長していく重要なファクターになるからである。亘が幻界へ渡った後、そこは現実とは全く異なる異世界なのだが、どこか既視感を覚える描写が多々ある。亘の父によく似た人物が家族を捨てようとしていたり、まるで現実世界における人種差別のように異種族間での差別が横行していたり、ついには大国間での戦争までもが勃発してしまう。そんな世界を冒険していく中で亘は自らの苦悩や世界に起きている問題と正面から向き合い、少しずつ成長していく。そしてついに運命の塔にたどり着いた亘は、自らの本当の願いに気づくのだ。
 この物語を通して宮部みゆきが伝えたかったこと、それは恐らく、目の前の現実から目を背けずに向かい合うことだけが自らの運命を変える唯一の手段である、ということだろう。認めたくないことや、受け入れがたいこともこの世の中には多く存在しているに違いない。しかし、だからと言ってその現実から目を背けていては、何も変わらない。自分なりに少しずつでもいいから成長し、変わっていくために、勇気をもって日々歩み続けることが必要なのだろう。運命の女神に願いを捧げるのは、その後でも遅くはない。






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