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ノンフィクション
アメリカの近過去は日本の近未来
書籍・作品名 : 大統領の疑惑
著者・制作者名 : メアリー・メイプス/稲垣みどり訳 キノブックス2016.7  
すすむA   59才   男性   





2005年に出版された本書は、2015年になって映画化された。衝撃的なのは、メディアが権力側からの幾多の妨害を乗り越えて真実を明かすといった、従来の予定調和的な物語が完全に裏返っている点にある。

著者でCBSテレビのプロデューサーのメアリー・メイプスが、名物キャスターともども、報道内容の責任を問われて解雇されてしまうのだ。会社が委嘱した「独立委員会」よる一審のみでことは決まった。いま日本で大流行の第三者委員会の設立による公平性の「担保」、公文書の廃棄や隠蔽、ネット右翼や御用コメンテーターによる良心的メディア叩きなど、15年前の米国ですでに先鋭化していた実例のすべてが、この本に収まっている。

メアリーのワーキングチームは、2004年4月にイラクのアブグレイブ刑務所における捕虜虐待の証拠写真を入手報道する。このおぞましい事件は世界中の注目を浴びた。

次にチームが始めたのが、ブッシュ(元)大統領の「軍歴詐称」問題である。ブッシュが1968年にテキサス州の民兵航空隊に入団し1973年に1年の任期を残して退職したのは、ベトナムへの徴兵を避けるための「隠れ蓑」ではなかったかという風聞の調査だ。当時の政財界の有力者たちは息子の徴兵を忌避するために、あらゆる手を尽くしており、テキサス州兵に採用されることはその有力な選択肢だった。父ブッシュは当時テキサス州出身の上院議員である。2000年にブッシュ大統領候補は、かつてアメリカ沿岸を守った愛国的なパイロットであったとする経歴で人気を集めた。

裏付けを求めていた彼女に、一つの人物情報がもたらされる。ブッシュ中尉がF-102戦闘機の搭乗を拒否し、1年間の無断欠勤をしたことを明かす文書を持つテキサス州元副知事のベン・バーンズである。ブッシュの行動に不満を持った彼の上官キリアン中佐が書いたという。バーンズ元副知事はそんな州兵の実態を非難して職を追われていた。キリアン中佐も1984年に死亡している。

取材の中で、メアリーは合計6通の文書を託される。ブッシュの不行跡が書かれたタイプ文書のコピーである。メアリーは一瞬「はめられているかも」と疑問を抱くが、元副知事が危険を冒して見せていること。文書には当時の航空隊にいた人でなければ知り得ない内容があると確認して受け取る。複数の鑑定士からは、原本でないのでインクや紙質を鑑定できず、100%の断言はできないが、偽物とする証拠はないと言われる。さらにキリアンの上司だったボリス大将に電話で内容を読み聞かせ、「覚えている」ことを確認する。間違いはない。

9月2日放映のスクープは大成功だった。社長を始め局全員から祝福を浴びる。だが一夜明けると状況は一挙に変わっていた。右派ブロガーが、タイプ文書はフォントや文字間のスペースの不均一さから、2000年以降に「ワード」で書かれた偽物だと、一斉に声を上げたのだ。チームは調査事実で反論するが、検証の義務を負わない無責任なデマの拡散は想像を絶し、さらにはニューヨーク・タイムスを含む大手メディアがブロガーの声を鵜呑みにして取り上げる。父親とは疎遠で州兵時代の彼を全く知らないと言っていたキリアン中佐の息子が「文書は偽物」と公言したり、ボリス大将までが偽物だと思う、と言い出すに至って、スタッフはブッシュ陣営の組織的な反撃を感じ、身も心も消耗して行く。

9月20日CBSは報道の謝りを認めて謝罪し、メアリーは、報道陣とは接触しないと言う条件で、自宅待機を命じられる。それ以上に彼女を絶望させたのは、彼女のアル中の父親が、彼女が「目立ちたがり屋」だったとラジオに進言したこと。睡眠不足と精神安定剤服用の毎日。励ましの電話もあり、ブッシュのテキサス州兵時代の大量の文書が何日間もシュレッダーで粉砕されているのを見たと言った貴重な情報もあったが、証言までには至らなかった。

10月末、会社が依頼した弁護士からなる「独立委員会」の査問が始まる。委員たちは文書の真偽を差し置いて、メアリーの報道意図を問いただすことに血道を上げる。判決は最初から用意されていた。責任の全てを彼女になすりつけ社を免責するという、報道よりも経営を重視した判断である。報告は、彼女に政治的な意図はなかった。文書の真偽は判らなかった。と記すが、これをもって2005年1月10日付で彼女は解雇される。

本には彼女の怨嗟と反省、商業メディアの将来への懸念が精一杯込められている。映画化は、そんな彼女の思いを真剣に受け止めた、アメリカの良心の応答だろう。

これを読んで私が深く心配しているのが、いま東京新聞で孤軍奮闘している一人の女性記者である。商業新聞社である東京新聞が、彼女の、報道の自由と権利を、どこまで支えられるか、そうならなくなった場合、読者はどうすれば良いのか。不安は尽きない。






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