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学術
後鳥羽上皇はそれほどの深謀家だろうか
書籍・作品名 : 承久の乱-日本史のターニングポイント
著者・制作者名 : 本郷和人 文春新書 2019.1  
すすむA   58才   男性   





今年は源実朝没後800年に当たる。それでと言うわけでもないだろうが、2冊の〚承久の乱〛が相次いで出版された。どちらも新書版で坂井孝一(中公新書2018.12.25)と本郷和人(文春文庫2019.1.20)著である。坂井書は歴史過程そのものを描き、本郷書はもっぱら歴史過程が持つ意味を解説しているのが特徴だ。読者には新刊書を読み比べるという楽しみが加わった。

承久の乱が、幕府と朝廷の「支配関係を全国規模でシャッフル」し、「社会の大変動を起こした」(坂井)「日本史最大の転回点の一つ」(本郷)という点で2冊は一致するが、本郷書の「後鳥羽上皇は鎌倉幕府を潰そうとした」と、坂井書の「幕府は温存し北条義時だけを排除しようとした」という違いがある。

「討幕」を否定する坂井説は、後鳥羽上皇が承久3(1221)年5月15日に下した院宣を引いて述べる。

その要旨は、「実朝の死後、御家人たちが治天の君の「聖断」を仰ぎたいというので、「義時朝臣」を「奉行の仁」にしようと考えていたところ、「三代将軍」の後を継ぐ者がいないというので「摂政の息子」に継がせた。ところが「彼の朝臣」義時は将軍が幼いことをいいことに「野心」を抱き、朝廷の威光を笠に着て振る舞い、しかるべき政治が行われなくなった。そのため、いまより以後は「義時朝臣の奉行」を差し止め、すべてを「叡襟」(天子の心)で決する。この決定に従わず、反逆を企てたならば命を落とすことになろう。格別の功績を上げた者には褒美を与える」である。

つまり義時さえ排除すれば、後鳥羽と御家人たちの利害は一致し、幕府をコントロール出来るとの論理である。坂井書は、従って後鳥羽に「討幕」の意図はなかったとする。

幕府はこの陰謀を全く察知しておらず仰天したが、政子は義時個人の追討を源家に対する反逆と読み替え、大江広元等の文官は、鎌倉を固めての持久戦よりも相手側の体制が整う前に京に上る速戦即決を主張し、逡巡する義時ら幕閣の決断を促した。

これに対し本郷説は、「幕府」と言う語は幕末に生まれたもので、この時代「統治の主体だと考えられていたのは、システムではなく、あくまでも「人」すなわち最高指導者とそれを支持する人々」だった。従って「朝廷が幕府を倒す命令を発するときには、必ず指導者の名を挙げる」。例えば「建武の新政」に後醍醐天皇が発した討幕の命令も、倒すべき相手は「平時政(北条時政)の子孫」と記されていたとする。従って「義時」と書かれていても義時個人のことではなく、彼こそが最高権力者だと認めた後鳥羽は「鎌倉幕府の構造を見抜いていた」し、後家人側にも、「義時追討令とは鎌倉幕府を倒すことだとの認識が共有されていた」とする。

この主張の違いは史料をどこまで信用するかという認識の差として理解できよう。本郷書は、歴史を展望する大所高所の立場から、文章に囚われることなく、一次史料にすら批判を加えることが大事なのだと言っているように思える。

そういう視点は、両軍が動員した兵士の数にも及ぶ。坂井書は『吾妻鏡』等に記載されている「東海道軍10万余騎、東山道軍5万余騎、北陸道軍4万余騎」とする兵員数をそのまま載せているが、本書は、同じく『吾妻鏡』の別の条にある、官軍の動員数が1700騎、さらに「京都に入った幕府軍は、北条泰時率いる「勇者5千騎」、と書かれている数字が比較的信頼できるとして、これより、幕府軍は「東海道の「(北条)泰時軍と東山道の武田信光軍がともに5千騎、これに北陸道を合わせて、1万数千騎、承久の乱で幕府軍が動員した兵力だったのでは」ないか、と推し量る。比べ読みの醍醐味だ。

幕府と朝廷におけるリーダーシップの在り方に触れ、本書は、朝廷側は身分制に基づく「権威のピラミッド」型、幕府側は一対一の関係に基づく「幕府型リーダーシップ」だったとし、坂井書は、両軍の性格の違いは「チーム鎌倉」と「後鳥羽ワンマンチーム」の差だったと、現代社会を例えた上手な比喩でみせる。

後鳥羽の仕組んだ乱は結局、1)これまで同等であった朝廷と幕府の権力関係を劇的に変え、幕府は天皇の任免にまで介入できる力を手に入れた。2)没収された後鳥羽や在京御家人の膨大な知行地は関東御家人の手に移り、幕府の基盤は盤石なものになった。3)幕府は自ら制定した「御成敗式目」やこれを補う追加法によって、力による支配者から民を統治する存在へと立ち現れることになった、とこれも同じである。

「成し遂げられなかった」後鳥羽の意思をこのように違った角度から解剖して見せる歴史学者の執念は恐ろしいが、そもそも後鳥羽自身が最終目標を持っていなかった/決めかねていたとも受け取れる。流れに身を任せてゆくというのが、古今の日本人が最も得意とする戦略なのだから......これは素人の浅慮か。






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