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文学
壮大なアフリカン・サーガ
書籍・作品名 : アフリカの日々
著者・制作者名 : イサク・ディーネセン/横山貞子訳 河出文庫版(2018.8)  
すすむA   58才   男性   





本書があまりに映画(〚愛と悲しみの果て〛1985年、アカデミー賞作品賞など7賞受賞)と違うのに驚いた。夫の登場は、終段で「第一次世界大戦がはじまったとき、志願兵としてドイツ領との境界線地帯に派遣された」と述べる一か所のみ。夫にうつされた梅毒の件、などは完全に削除されている。後書きによれば、彼女の死後に出版された伝記があるそうで、映画制作者はそれらも参考にしたと思われる。ここでは「彼女のアフリカ」を見たい。

本書には物語的な筋立ては何もない。日記体小説と呼ぶのが相応しい作りである。真の主人公はアフリカの大地。語り手である作者を通して、カレンが見守る風景や人物が浮き彫りにされてゆく、その描写が素晴らしい。

例えば、赤道から百マイル南の海抜六千フィートにある彼女の農園の記述。「この土地の地理的位置と高度が結びついて、世界中でも類を見ない風景を作り出している。油っ気やゆとりはどこにも見あたらない。それは六千フィートまで蒸留されたアフリカ、つまりこの大陸の、純度の高いエッセンスのようなものだ。すべてが焼き乾いていて、素焼きのやきものの色をしている」、と日本語でも実に切れが良い。

彼女の所有地は六千エーカー(新潟県の約2倍弱)あり、一千エーカーにキクヨ族が借地していた。借地料は月給12シリングで年に180日の労働義務だったが、彼らの大部分は昔からの住民で、カレンのほうこそが「一種の高級借地人」だとみなしていたらしい。禁猟区を挟んでマサイ族保護区と隣接しており、その他に主に商業に従事しているソマリ族がいる。互いに疎遠だが、彼女の家の前の芝生の広場はしばしば彼らの催場になる。

カレンの時代、ケニアの白人移住者は僅かで、彼らの西洋的生活は、奇怪な風習と受け取られていた。反対に彼女は最初の何週間かの暮らしで、アフリカの人たちに強い愛情を覚える。「それは強力な感情で、あらゆる年齢層の人々を男女ともに当惑させる態のものだった」。キクユ族の人々が彼女を「象徴」とみなしているらしいことにも気付く。日常生活の上で彼らは自律しており、カレンはまったく当てにされていないが、日照りやイナゴの大群の襲来などの大災害発生を、彼女が彼らとともに自分の無力さを嘆き悲しむのを見て、一体感を感じているらしいのだ。共感は権威からではなく連帯からくる。

カレンと恋人のデニスが小型機で空中散歩をした時の村の長老の言葉が面白い。神に会えたかと聞き、二人が否定すると、「それでは何のためにあんなに高く昇るのかわかりませんな」と述べる。デニスは言う。「このアフリカと言う大陸には、我々に対する痛烈な当てこすりみたいな感じがあるね」。浅薄な文明が強烈な太陽に一枚一枚と剥ぎ取られていくようだ。

カレンは、住民の病気やけがの治療を施したり、夜間学校を作ったりする。だがそんなロマンティックな生き方と、農場経営というリアリスティックな仕事はうまく両立しない。18年の暮らしで経営は破綻し、彼女はすべてを売り払って帰国せざるを得なくなる。自家用機で港まで送ると約束したデニスは、当日迎えに来る途中、墜落事故で死亡する。カレンは二人が好きだった丘にデニスを葬り、独り帰国する―と言う唯一のドラマが挟まる。

手放した土地は細分化され、首都ナイロビの郊外都市に再開発されるらしい。キクユ族も土地を離れなければならない。全員一緒に移住したいという一族のためにカレンは「もともとここは彼らの土地だった」と全力を尽くし、かなえられる。骨を埋めるつもりだったアフリカ生活がこんな風に終わるとは全く予想もしてなかったが、それは起こるのだ。アフリカ太地の営みに比べたら、人間の営みなど微々たるものに過ぎない。

カレンはスワヒリ語を少ししか理解できないうえにキクユ族は寡黙である。だが魂の交換が不可能というわけでは決してない。帰国が迫ったある日、重い荷を背負った老女と出会う。これまで口をきいたこともなく名前も知らない。道の真ん中でカレンの行く手を阻むように立ち止まった老女は、彼女の顔をまじまじと見たまま「泣き出した。頬を伝わって涙が流れる。平原にいる牝牛が突然放尿するのに似ていた。老女も私も一言も言葉を交わさなかった」。これ以上に情のこもった別れのシーンはあるだろうか。

これらはすべてカレンの感想である。黒人の目には違うように映るかもしれない。彼女がいくら尽力しても、彼等にとって白人は侵略者で簒奪者だろう。カレンも「農場主」という地位を捨ててはこの土地に根を下ろせない。それでも彼女の理想主義で無私な行動は、黒人の白人に対するステレオタイプな見方を少しは変えたかもしれないと思いたい。本書には、自伝小説をはるかに超える忘れ難い魅力がある。カレンは壮大な「アフリカン・サーガ」を編んだとする訳者評は正しい。







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