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文学
〚蝶々夫人〛の現代版焼き直し
書籍・作品名 : 異聞 蝶々夫人-ピンカートンの性の回想
著者・制作者名 : パウル・ラーヴェン/金原端人訳 マガジンハウス(1989)  
すすむA   58才   男性   





「ポルノ」に分類されている本である。「蝶々夫人」関連図書を探していて見つけた。きっかけは小川さくえ著〚オリエンタリズムとジェンダー〛と言う学術書である。確かに性描写や嗜虐シーンは多いがそれ程露骨ではない。むしろ小説として、良く考え抜かれた構成に感心した。

物語は、ドイツに住むアイ=哀と言う、実は蝶々さんの実娘(蝶々夫人は息子ではなく娘を生んだとされる)の一人息子で、この本の「編者」が祖父を探して長崎を訪れ、ケイト夫人の死後長崎に戻って僧侶になったピンカートンの遺稿を手に入れ、それを読み解くことから始まる。ピンカートンは長崎で原爆に被災し死亡していた。

本書ではピンカートンはボストン名家の息子になっている。姉の友人の美女・ケイトに恋をして両親に結婚を願ったところ、彼女の出自を疑う父親に反対され、冷却期間を置くため、副領事シャープレスがいる長崎領事館で一年間の修行を命じられる。

到着すぐさま、ピンカートンはある宴席にはべった芸者・蝶々さんに魅せられてしまう。この育ちの良いお坊ちゃまは惚れっぽいのである。五郎を通して大枚の金を払い「結婚」にこぎつける。家も買い、蝶々との愛欲に耽る。彼女は望まれるままにどんな閨の要求にも従うが。期待に反してどこか「淫らさ」の欠如が不満だ。その代わり日常生活を上手に切り盛りし、ピンカートンに穏やかな家庭の安らぎを与える。やがて妊娠したことを知らされる。

ピンカートンは蝶々との結婚の承諾を得ようとボストンに帰宅するが猛反対され、父が死ぬと今度は姉と母からケイトとの結婚を迫られる。だがケイトは本性を現した。ピンカートンの離反をなじり、彼を凌辱し、奴隷に仕立て上げる。被虐の喜びに目覚めたピンカートンは唯々諾々として要求に従う。このあたりがポルノっぽい。ケイトの加虐趣味の芽生えは彼女の育ちにあったと解釈されるが、生来の嗜好かも知れない。判らない。

婚約後の3年間、彼はケイトから「調教」を受ける。結婚に際して、今も思いを断ち切れない蝶々に離縁を告げるため、ケイトとともに長崎を訪れる。ここから本来の「蝶々夫人」の物語となる。

蝶々は3年間待ち続けた。実直なシャ―プレスはピンカートンからと称する手紙を代筆して蝶々を慰めている。シャイープレスは密かに蝶々に恋をしている。

ピンカートンは長崎のホテルで蝶々と面会する。寝室で久々の愛の交換を果たす。だがその一部始終を見ていたケイトは、蝶々の面前でピンカートンを殴りつけ、蝶々は彼が完全に「洗脳」されていることを知る。ケイトからどちらを選ぶかと問い詰められたピンカートンはケイトを選んでしまう。蝶々は死をもって彼を覚醒させるために自死する。女中のサチ子(スズキ)はピンカートンが駆け付ける前に娘を抱いて姿を消す、と言うのがあらすじ。

構造的に正反対になっているのが、本書の読みどころである。1)清純な蝶々と悪魔の申し子ケイトとの対比。長崎で蝶々を意のままに扱ってきたピンカートンは、本国ではケイトから意のままに扱われる。2)快楽の在り方の違い。蝶々とのあるがままの性感覚とケイトとの倒錯的な性感覚。ピンカートンは貞操帯をつけられて、彼女ががんに侵されて死ぬまでの15年の「結婚生活」で、一度も性交渉を許されないどころか、ケイトがマリカをはじめ様々な男女と番うのを目の前で見せつけられるという「究極の淫らさ」を調教される。3)下女の違い。蝶々にはサチ子と言う忠実な下女がいる。ケイトにもマリカと言う忠実な下女(奴隷)がいるが、彼女らの扱い方の違い。さらに蝶々に寄り添い、彼女を希望づける「シャ―プレス」がケイトにはいないという組み立て。

ピンカートンが絶望から死を選ぼうとした時、蝶々が「まだ、だめ!」と言う声を聞いたような気がするが、それは蝶々とセックスでピンカートンが先に達するのを押しとどめる声だった、と言う記述がこの書のクライマックスである。「不満」だといったが、蝶々は冷感症ではなく、ピンカートンは蝶々と性の一致をむさぼっていたのだ。ケイトがいくら嗜虐の喜びを教えても、愛情と結びついた心体一致の喜びがなければ性の極致は見つからない。ケイトの調教は間違っていた。

小川さくえは、ケイトをファム・ファタルとし、キリスト教に対する知識の有無が「生に向かう性と、死に向かう性」との違いを生み出した、と言いたいようだ。確かにピンカートンが後年「タイザン」と名乗り、禅の研究に励んだことが、彼のキリスト教脱却の「悟り」につながるとも読める。名読解である。様々な解釈が可能な本だが、私はピンカートンに、西洋が失った男性性の回復を東洋において再確認させ、西洋人に今もなお根強く残る、ステレオタイプな東洋の「理想の性」を再幻想させるという〚蝶々夫人〛の過激な焼き直し版と受け止めたい。






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