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文学
切支丹時代の長崎を描ききる
書籍・作品名 : NAGASAKI 夢の王国(2013.2)
著者・制作者名 : 典厩五郎  
すすむA   55才   男性   





大書であるが、わくわくしながら読んだ。題名が示すように、著者の思い入れは、人ではなく街だったのではないかと合点する。横浜、神戸、函館と異国情緒のある都市は他にもあるが、長崎は人の「死の重み」において、旅人を粛然とさせるものがある。その発端、切支丹迫害開始当時の長崎を生き生きと描いて見せてくれる。

巻末の参考図書からも判るように、著者の「調査狂い」は感嘆するばかりである。各章の冒頭にその一部が記されているのも、これから読み進む内容が史実に裏書きされていることが暗示されて、心地よい緊張感を与えられる。

長崎は日本の最後の「自由都市」だった。戦国時代の桑名や堺のような『夢の王国』が天下統一の過程で消え去って行く中で、長崎は宣教師が作った南蛮貿易地という特殊な環境の故に、通商利得を得たい中央政府も、町衆の意に反する完全支配を長い間ためらった町だった。積荷は商人、大名、関白家や将軍家も平等に投資した。自治は各町内から乙名と呼ばれる有力者が選出され、それを束ねる4人の頭人が選ばれた。乙名のいない周辺地区は代官が代表格となって運上金(税金)を集めた。町民の大多数は切支丹で、町中には16もの教会を数えた。その町が徳川幕府の内向きな政策によって萎んで行く様が痛々しい。

その長崎代官村山等安と長崎奉行長谷川左兵衛との奇妙な友情が小説の骨子となっている。天領の長崎には町民の代表格である「代官」と幕府派遣の官吏である「奉行」の二役がいたというのも初めて知ったが、歴史に実在する両者が、幼なじみだったという証拠はないようだ。本書は等安の出世次第は詳述するが、史料によれば、等安は生年もはっきりしないという。一方左兵衛については、文中で「本人が前半生を語らない」と述べて詳述を避けているが、永禄10年(1567年)伊勢国に生まれ、父親が北畠家に使えていたことは明らかで、妹於奈津(夏)が家康の寵愛を得たことによる「抜擢」出世であることが知られている。

「幼なじみ」は作者の創作と思われるが、本書全体は荒唐無稽ではなく厳正な史料検証に基づいているので、ここも何かの示唆・ヒントがあるのかも知れない。著者の執筆姿勢は本文でも記すように、「正史とは勝ち組が伝えたい歴史に過ぎない」として、正史が抹殺したもう一つの歴史を掘り起こそうとするものだから、小説という形式は作者の御眼鏡にかなうものだろう。

二人の施政者が期せずして一致していたのは「切支丹禁教令」を、穏やかな形で敷衍して行くことであった。切支丹長崎町民5万人の一斉蜂起ともなれば町は崩壊する。周辺の棄教大名たちが幕府におもねって信徒にひどい拷問を加えた時などは諫めて回った。だが家康が死去し短慮な秀忠の時代になると、こうした裏芸は効かなくなる。二人は腹をくくらねばならない。そうした苦悩は、「あり得た」ものとして、興味深い。

もう一つ興味深いのは、イエズス会、フランシスコ会(托鉢修道会)、ドミニコ会等切支丹各宗派の対立である。遠藤周作や加賀乙彦は切支丹をイエズス会側から観ており、他の宗派を、秩序をわきまえない新参者とする。「伴天連は清く正しい人ばかり」という言説が時として鬱陶しさを覚えるのに対して、本書では、イエズス会の堕落さを隠さない。南蛮貿易を独占し、膨大な富を誇る彼等が清貧でいられないのは、パードレといえども人間である以上、浮世の常に逆らえないだろうと納得する。むしろ平時は女色に溺れて(と著者は記す)いても、一端迫害に遭えば、敢然と殉教を選ぶという一本の芯に驚嘆すべきなのだ。その一本の芯は日本人信者にも通底しており、後生の日本人には見いだせないものとして、感銘を呼ぶのである。

等安のキリスト教への「不即不離」な態度も、そこから読み解くと十分に了解される。『夢の王国』の終焉と自分の運命を同一視する彼には、これに加えて、パライソを信じず、「一期は夢よ只狂え」といった戦国時代の末世思想があるのかも知れない。「清くも正しくもなかったけれど本物の臭いがする」(岩井半次郎氏のブログ)と言う評は彼に最もふさわしいと感じる。

等安のキリスト教への「不即不離」な態度も、そこから観ると十分に納得される。『夢の国』の終焉と自分の運命を同一視する彼には、これに加えて、パライソを信じず、「一期は夢よ只狂え」といった戦国時代の末世思想があるのかも知れない。「清くも正しくもなかったけれど本物の臭いがする」(岩井半次郎氏のブログから)と言う評は彼に最もふさわしいと感じる。






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