書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります
文学
不思議のない不思議
書籍・作品名 : 姑獲鳥の夏
著者・制作者名 : 京極夏彦  
ざっそう   18才   女性  





「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
このセリフはいったいどんな登場人物の座右の銘だと推測するだろうか。様々な実験と結果によって異常と呼ばれる現象の正体をつきとめる科学者か。はたまた明快な推理で怪奇的な密室殺人事件のトリックを暴く探偵か。
いや、このセリフはそんな現実的な世界と対面している者が述べた言葉ではない。この言葉の主は、実はある陰陽師である。陰陽師と言えば、陰陽寮に属し、陰陽道に関することを司る職員であり、中世以降、民間にあって加持祈祷を行う者の総称である。分かりやすく言えば、憑き物落としや悪霊祓いを行う者だ。加持祈祷に憑き物、悪霊、出てきた単語だけでも分かるように、とてもじゃないが現実的な職業とは言えない。
しかしそこで思い出して頂きたい前述のセリフ。まさしく我々が不思議だと思い、理解できないものと対峙している陰陽師だが、本書に登場する陰陽師、京極堂こと中禅寺秋彦はこの世の不思議を全否定してしまった。本書はそんな科学者や探偵のような陰陽師が活躍する、世にも奇妙な怪異譚である。
舞台は大戦が終わった昭和の時代。売れない物書き、関口が自分の仕入れた怪奇的な噂話を古本屋の京極堂に持ち込むところからこの物語は始まる。ニ十ヶ月間も子供を身籠ったままの女性がいて、一向に産まれる気配もないという噂。生活の為にカストリ雑誌に投稿することもある関口はその噂に興味を持つ。関口とは関係ないただの噂だったはずのそれは、しかし噂の当事者である例の女性が失踪した夫の捜索を関口の地人の探偵に依頼したことで、その場に居合わせた彼は無関係ではなくなってしまった。物語が進むうちにその女性は学生時代の関口の知り合いであったことが発覚する。怪異の象徴である妊婦と彼女の実家である有名産婦人科の久遠寺医院、彼女の夫の失踪事件、彼女と関口との過去の関係と記憶、物語は様々な事象を巻き込みながら深まっていく。しかし本書はただのミステリーでは終わらない。ただのミステリーならば陰陽師など要らない。産まれてこない赤ん坊とお産で死んだ女の無念の姿である姑獲鳥の影がミステリーの舞台を、恐怖を煽る怪異の舞台へと変えていく。理解できないものが付き纏っているのだという恐怖は読者をゾッとさせると同時に、未知の世界に好奇心を持たせるだろう。存在を仄めかす怪異と実際の事件、登場人物たちの人生が巧妙に練り込まれたプロットのなす物語に読者は嵌まり込んでいく筈だ。
さて、そんな怪異の舞台から怪異を取り除き事件を解決させるのが副業が陰陽師たる京極堂の仕事であるが、ここで詳しく彼の大仕事を述べてしまっては本書を読む楽しみがなくなってしまうので辞めておく。代わりに、不思議を全否定する京極堂の憑き物落としの形式を少しだけ紹介することにする。命と心、脳と意識と記憶の関係を民俗学、宗教学、心理学などを織り交ぜながら独自で作り上げた理論こそが京極堂の武器だ。屁理屈のような詭弁が彼の口から語られた時、物語の登場人物はおろか、読者に至るまでが既に彼の呪術にかかっている。彼の強烈な話術は詐術であり、呪術なのである。京極堂が語るほどに読者は非現実だと思っていた世界を垣間見ることになり、また、恐ろしい事件の怪異がどんどん解き明かされていくクライマックスは圧巻である。
本書は読めば読むほど非日常にのめり込んでいくミステリーホラー小説であるが、しかし読後はすっきりし、安心するものがある。何故なら全ては、物語のラストのページで関口が言うように「理由さえ分かれば、不思議でも何でもない」ことなのだから。
本書の著者である京極夏彦は妖怪研究家であり、アートディレクターであり、世界妖怪協会・世界妖怪会議評議員であり、東アジア恠異学会会員である小説家という面白い肩書きの人物だ。本書は京極夏彦のデビュー作なのだが、講談社ノベルスから出た本書が430ページもあるように、原稿枚数が新人賞の規定を超えていたため、受け入れてくれそうな講談社に投稿したそうだ。結果、無名の新人であっただけに衝撃は大きく、なんとこれを機に新しくメフィスト賞が創設された。出版社がそこまでした期待の作品である。確かに本の見た目はまるで辞書のようにさえ感じるが、新しい賞の創設に恥じない程に素晴らしく、面白い。是非手にとって読んでほしい一冊だった。本書、『姑獲鳥の夏』は京極夏彦の書く百鬼夜行シリーズの一巻目だ。関口が巻き込まれ、京極堂の活躍する百鬼夜行シリーズは、現在九巻まで出ている。






サイト限定連載
図書新聞出版
  最新刊
森山大道 写真集「NORTHERN2」
シリーズ 六〇年代・七〇年代を検証する(1)柄谷行人 政治を語る
(聞き手 小嵐九八郎)
東大2010―東大が創る人たち、東大を創る人たち
(東京大学新聞社編)
書店別 週間ベストセラーズ
 (8/22~8/28)
■東京■東京堂書店様調べ
1位 呉越春秋 湖底の城 第一巻
(宮城谷昌光)
2位 シューマンの指
(奥泉光)
3位 活字と自活
(荻原魚雷)
■青森■成田本店様調べ
1位
(姜尚中)
2位 くじけないで
(柴田トヨ)
3位 終わらざる夏(上)
(浅田次郎)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 『教行信証』を読む
(山折哲雄)
2位 くじけないで
(柴田トヨ)
3位 伝える力
(池上彰)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約